ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2009 牛と豚と鶏と、パン。

牛と豚と鶏と、パン。                 

                                                                      

 我が家のベランダ用鯉のぼりがポーチでユラユラと泳ぐ季節となりました。アメリカの多くの家では国旗始めいろいろな旗を玄関先に飾ってあります。うちはこの季節になると鯉のぼりを飾るので近所の人からよく「あの魚のストリーマーは何だ?」と聞かれます。女の子のいる家庭はお雛様飾り、男の子のいる家庭では鯉のぼり。うちは両方です。わが息子、いつまでも赤ちゃんだと思っていたらもう3歳。まだまだママのかわいいゆうちゃんと思っていた息子も黄色いスクールバスでプリスクールに通っています。息子には発達障害があります。正確にいうならば広汎性発達障害。私は下の子が生まれるまでは公立学校の教師でした。小学校から高校までESLを教えておりました。教師として生徒はみることはできても、個人として「子供」という存在をどう扱えばいいのか、実際、息子が生まれるまでは知りませんでした。理解しがたい存在に「異星人」のようにさえ感じたこともありました。母親としてこの子が何か他の子と違うことは小さなときから感じていました。息子に「あれ?」と感じることはあってもそれを認めたくない、そして周りの「気にしすぎ。子供はみんなそうだよ」という声を信じたく、気がつかぬふりをした時期もありました。それでも、この子は私の子。「もしそうならば、早くなんとかせねば」と立ち上がったのが息子が2歳になったばかりのとき。それから今までの1年8ヶ月、息子と私は一緒に成長してきました。

 どんな親でもわが子に障害という診断を受けて平然としていられないと思います。でも、それが現実なら親はどうしたらいいのでしょう。全てを受け入れますか、それとも逃げますか。この小さなわが子をそのままにしてどこに逃げられるのでしょう。私は今でも息子の障害の全てを受け止められません。でも、逃げません。私が今できることは一緒に歩くことです。幸い、1歳半離れた下の子はお兄ちゃんのビッグファンで、何でもお兄ちゃんのすることは正しいと信じ、真似し、兄妹としていい関係を築いてくれています。息子にとって何がいいのか、私はこの子に何ができるか、そして、私はこのふたりをどうして育てていくべきなのか、これが私の目下のところ大きな課題です。

 息子が楽しめる場所、そしてこの小さなふたりを安心して遊ばせられる場所をいつも気にかけています。発達障害があるけれど、私は息子を特別な子にしておくつもりはありません。健常児である下の子と同じように、二人とも一緒にいろいろなことを体験させてあげたいと思っています。しかし、やはり健常児とまったく同じようにはいきません。去年の秋、息子は学校の遠足で農場に行きました。もちろん、言葉に遅れがあるので健常の3歳児のようにその日のことを話すことはできません。でも、帰ってきた息子の服には土がついており、自慢げに手にしていたのは泥のついたパンプキン。誇らしげな息子の顔。「楽しかったんだなあ」とすぐにわかりました。「ゆうちゃん、楽しかった?」と聞いたら、「イエー。パップキン」と言いました。自然の中での刺激というのは健常児、障害児に関係なく子供の成長を助けます。ということで、私たち親子、暖かい春が来るのをずっとずっと待っていました。春になったら「ム~Cowみに行こうね」と約束しておりました。

 私たちが訪れたところはBobolink Dairyという牧場。我が家のあるMontclairからですと1時間弱の距離で、Rt23Nを北上し、Rt515Nに入るとほぼ迷うことなく牧場に着きます。ニューヨーク州との境にあります。うちの近辺とは別世界、「え、ここがニュージャージーなの?」と思ってしまうくらいに、広い草原、のんびりとした空気、それはそれはペンシルバニア州のランキャスターを思わせるような光景が広がります。前もってFarm Tourに申し込んでおいたので、牧場に着くとオーナーのNinaさんが迎えてくださいました。

うちには犬がいます。今年で11歳になるコッカースパニエルです。息子が生まれるずっと前から私といたので、息子にとって犬は「動物」ではなく「おうちの子」なのです。でも、犬以外の動物とは触れ合う機会がないので、息子が大きな牛や豚、走り回る鶏をみてどう反応するのか心配でした。Ninaさんの案内で子牛をみていたら、息子が「ム~」と牛の鳴き声を真似しました。素晴らしいことです。本で学んだことと現実のものとを結びつけられるのは障害児、健常児に関係なく大事なことです。そして、豚をみると「三匹のこぶた」と言い、アヒルをみては「クワッ、クワッ」と鳴き声を真似ていました。怖がることなく牛のそばに近づいてみたり、うれしそうに土の上を飛び跳ねる息子、そしてお兄ちゃんを真似てはしゃぐ娘。子供たちを連れてきてよかったと思いました。子供たちが目を輝かせて自然や動物に興味を持ってくれる、それは私にはなによりの喜びなのです。

 この牧場はとても素朴で、それが魅力なんだと思います。日曜日にはFarm Tourがあります。最近ではミュージアムとか商業目的の牧場などでは「体験ツアー」としてチーズつくりの一部をやらせてくれたり、牛に触らせてくれたり、といったことがあるようですが、ここではそういったことはありません。「普通の牧場の流れ」をみるのがこのツアーです。Ninaさん一家とインターンの人とで牧場は運営されています。だから、ツアーのための見せ場としてなにかを作るというのではなく、ここでの流れをツアーに訪れる人にみてもらおうというのが趣旨なのです。そして、Ninaさん曰く、「子供たちに学んでほしいのは、学校で習ったRhymeや歌に出てくる動物を実際にここでみて、それを感じてほしいのです。」

それは私が子供たちに求めるものと同じでした。私は設定された物や場所に子供たちをはめることが好きではありません。自然で素朴なところはたくさんの可能性を秘めています。うちの近所とは別世界の広い牧場のなかで、のんびり歩く牛、寝転んでいる3匹の豚、カーッカッカッカーと走りすぎていく鶏をみて、息子も娘も目がキラキラしていました。ここでこの子達はなにを学び、なにを感じてくれたのか、それは私にはわかりません。だから、楽しいのかもしれません。

 ツアーではパン焼きオーブンもみせてくれます。陶芸の窯のような大きなオーブンで焼かれたパンの試食もあります。このパンがまたおいしいのです。素朴で自然で、パン好きのわが子たちは大喜び。

ここでの牛たちは牧草育ち。もちろんホルモン剤は使われておりません。屋内ではなくアウトドアで生活しております。こちらで作られるチーズはこの牛たちのミルクでできています。だからとってもナチュラルでおいしい。牛肉の販売もしているそうです。

ツアーのないときでも水曜日から日曜日にはパンやチーズの販売をしています。

この牧場にきて一番うれしいのは、「ここなら私ひとりでも子供たちを連れてこられる」と思えたことです。それくらいに、子供たちをのびのびとさせてあげられ、私自身も息子の行動を心配することなく楽しめるのです。とても気軽にデイトリップができるわけです。「素朴」ってあるようでないものなんですね。私はここにきて初めてその素晴らしさに気がつきました。息子の障害を完全に受け入れることができなくても、この子は私の子。いつまでもママのゆうちゃん。これからもずっと一緒に歩いていきます。そして、疲れたらまたこの牧場に来ます。息子がいきなり走り出しても遠くに見える山までは逃げていかれない。大きな声で叫んでも誰も嫌な顔しない。ピョンピョン跳ねても人の邪魔にならない。ママの安らげる場所って子供も安らげるんじゃないでしょうか。私はそう思います。おいしいパンかじったら、また子供との生活が楽しく魅力的に思えてきました。

興味のある方はウェブサイトをご覧ください。ツアーの申し込みもウェブサイトからできます。www.cowsoutside.com