ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2013 大掃除

大掃除

 

 あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

日本の年末は忙しかったです。私の中ではまだ十二月はクリスマスショッピングというイメージが強いのですが、まわりはショッピングといえばもっぱら大掃除用品。感覚的になんだかしっくりしませんが、実は私、この時期の大掃除ショッピングにはかなり惹かれるのです。日本に暮らしていて私を悩ますものが二つあります。ひとつはゴキブリ。そしてもう一つはカビです。嫌われものを退治する大掃除用品を見て歩くのは、戦国時代の武将気分で、敵をいかに倒すかと戦略を練っているようで、心が燃えます。

 ニュージャージーに住んでいたとき、幸いにも私は自分の家の中でゴキブリに出会うことはありませんでした。なので、友達や家族に「ニュージャージーにはゴキブリはいないんだよ」と豪語していました。聞いてみると、同じニュージャージーでも違う地区に住んでいる友達は家にゴキブリがいたというから、ニュージャージーはというべきではなかったようです。ゴキブリには出会わなかったものの、ネズミには出会いました。うちは私もネズミやゴキブリといった類が苦手ですが、主人は私の上をいくくらいにヤツらを忌み嫌い、そして怖がります。まだ息子が乳児だったころ、うちには住み込みのベビーシッターがいました。彼女は無類のお菓子好き。ある朝、主人を送り出した私がキッチンに戻ると、すぐ隣にある彼女のベッドルームから影が走り出たのを目撃しました。嫌いなものというのは好きなもの以上に衝撃を受けるもので、一瞬にして「やられた、入り込まれた」と思いました。彼女のドアをノックすると、「何なに、どうしたの」と彼女は出てきました。「今、ドアがちょっと開いていたでしょ。隙間からなにか影がでてきたの」と私は眉間に皺をよせて言いました。すると、「やだ、ジュンちゃん、朝から何言い出すかと思ったら。日があるうちは怖がりませんよーだ」と彼女は笑いました。実は彼女、幽霊やお化けといったものが大の苦手で夜も彼女が通りそうなトイレやトイレまでに廊下には小さなライトをつけておいてほしいとリクエストしたほどの幽霊嫌いなのです。そのせいか、「影」というのは彼女にとっては幽霊、私にとっては一瞬で姿を直視できなかったけれどネズミ、といったズレが生じました。「違うよ。なんか姿ははっきり見てないけど、多分あの動きはネズミじゃないかと思うの」と言いました。「ネズミがなんで私の部屋に?」ときかれても私にはわかりません。彼女は「なんでかなあ」と首をかしげながら、クローゼットをあけると、「あ!」と声をあげました。「どうした?」ときくと、「多分ジュンちゃんのいうこと間違いないわ」と半分安心、半分おののきといった複雑な顔で言いました。「みて、ここ」と言われ、彼女のクローゼットの中をみたら、私も「あ!」。クローゼットの床に段ボール箱いっぱいにお菓子がはいっており、中には封を開けたままのものもありました。かじられた袋もありました。「ペット飼ってた?」ときくと、「お菓子を盗み食いされた」と不機嫌そうな彼女。そんな話を帰宅した主人に話したら、「Oh, No!」と頭を抱え、「電話帳はどこだ」と言いました。次の瞬間、彼は害虫駆除業者に電話していました。そして、その日のうちに小さな食料品ストック棚を買ってきて、「アユ、お菓子をベッドルームのクローゼットに保管するのはやめてくれ。この棚は君が使ったらいいから、お菓子はキッチン横に保管してくれないか。僕は約束する、絶対に君のお菓子を食べないと。」と彼女に告げました。以来、うちには定期的に業者がきては家の外周や中にスプレーをまいてネズミが入らないようにしました。主人は「僕はネズミと同居するつもりはない。やつらは菌を撒き散らす上、家賃を払わない。最低なやつらだ」とぼやいていました。そんなうちなので、害虫スプレーはいくつあったか数知れません。主人はなぜだか定期的に害虫スプレーを買ってきました。それがどんどんたまっていきました。同時に私たちの中には備えがあるという安心感にもなりました。

 日本に戻り、実家にいたときは猫がいるせいかゴキブリとは衝撃的な出会いを迎えることはなかったのですが、アパートに移るとそうはいきません。出会ってはいけません。私は本当にやつらが嫌いですから、出会う前に部屋に入れないようにしないといけません。春になると私はドラッグストアに通います。やつらが動き出す前に手を打たなければなりません。普段は地味に暮らしている私ですが、害虫駆除品にはお金に糸目はつけません。とにかく最新の技術を取り入れるためにもドラッグストアには暇さえあれば足を運び、情報入手しております。ゴキブリは一匹いたら三十匹いると思え、といわれて私は夏の夜は抜き打ちに夜中にキッチンの電気をつけて「いないだろうな。」と点検しております。

 さて、夏が終わり、秋が来て、冬が到来する頃になると私のアンテナはゴキブリからカビに移転していきます。古い鉄筋建てのアパートというのは湿気が多く、カビと戦う運命にあります。私はアパートに住むようになるまで、部屋の中にカビが発生するということを知りませんでした。カビというのはお餅かお風呂にしか生えないと思っていました。今のアパートの前に住んでいた通称「オレンジのおうち」アパートは築二十五年の鉄筋二階角部屋2DK。二つの部屋はどちらも畳敷きの和室。古いアパートに文句は言えませんが、壁はいまどき珍しく土壁。油断だらけで無知な私は壁にくっつけてタンスを配置しました。冬になり、どこからともなく冷気がはいり「アパートって寒いんだなあ」と思いました。ある晩、ふと壁の上の方をみると、「あ!色が違う!」という変化に気がつきました。カビでした。まさか。。。と思い、タンス裏をのぞいてみたら、これまた「あ!色が違う」のです。土壁にはお餅に生えるようなふわふわの毛羽立った緑のカビがはびこり、タンスをどかしてみたら畳がじっとりと濡れているのです。私は半狂乱に陥りました。土壁を触るとベロリと壁が剥がれ落ち、畳にペーパータオルをあてるとぐっしょりと濡れるのです。これでは子供たちが病気になってしまう、と思いました。徒歩5分の距離に位置する今のアパートに引っ越す決意をした大きな理由は「カビ」でした。引っ越したのは二月でした。今のアパートは土壁ではありません。やっとカビから逃れられると思った矢先、北側の部屋に草原ができていました。壁をさわるとじっとり濡れていました。部屋一面の草原の正体は何物? 急いで管理会社に電話すると、「カビかもしれませんし、あと新しい畳には粉が含まれているので雨になるとそれが出てくるんです。どちらかわかりませんが、両方かもしれません」という答えでした。私は日本の古くからの家の造りがあまり好きではありません。畳と押入れという造りが私たちの生活にはどうにも合わないのです。でも、いろんな事情から和室があることを受け入れるしかないのです。押入れは収納に便利と言われますが、私はあまり上手に使いこなせません。畳には畳のよさがあるのでしょうが、私はあまり好きではありません。家具をおけば跡が残るし、日が当たれば色が変わるし。ただでさえ、そんな思いでいるのに、カビ草原が生えたわけですから私は「なんで畳なの~」と畳をうらみました。朝になると窓には霧吹きで水を噴いたかのような結露がいっぱい。長い間、私は結露というのは「この部屋には十分湿度があるから加湿器はいりませんよ」という証拠だと思っていました。でも、この結露、決して歓迎させる存在ではなく、このジメジメがカビを誘発すると知り、カビの発生源に対応すべきだと思いました。

 大変うれしいのは、大掃除の時期はどこのDIYストアにいっても「大掃除は大丈夫ですか」というポスターが貼られ、そこには大掃除用品が集められているのです。店内を探して回らなくても一箇所で全てを比べられるわけです。大変すばらしいサービスです。結露がカビの発生を促すと知ると、私の頭の中は「結露対策」でいっぱいになります。結露が生まれるしくみから勉強しました。そして、このアパートにも冷気が流れ込んできます。冷気を防がないと結露対策になりません。そこで私は窓に立てる冷気止めを購入してきました(写真)。それから、窓に貼るテープで、結露がたれてくるとそのテープが吸い込んでくれて蒸発するという魔法のテープも購入しました。結露がすごくて床にたれている時があるのです。それは許してはいけません。「お部屋の温度が三度違います」という宣伝通り、冷気止めを立ててからエアコンの設定温度が下がりました。それでも北側の部屋は相変わらずじめっとした壁です。こういうじめじめにはどうしたらいいものかと悩みました。そこでわかったのが湿度対策です。湿気が多いから壁がじとじとしているわけで、じとじとしていればカビも発生します。湿度対策として「除湿機」に目をつけました。でも、この季節、乾燥する方が多いため「加湿器」は至るところでみるものの除湿機はみかけません。除湿機が活躍するのは梅雨の時期ですね。でも、なんとしてでも除湿機を入れないとカビとの縁が切れません。そこで訪問したのが机上大型ショッピングモールのアマゾンです。即注文、翌日配達。私の除湿機、名前も「パワフル除湿」。いやいや、これがすごいのです。うちにはもうべたつく壁はありません。室温もそんなに高くしなくても寒くありません。

 昨年も本当にたくさんのことがありました。でも、一年が終わる前に快適な部屋を作ることができ、満足いくまで大掃除コーナーで吟味し、結果として私はお部屋カビに勝ちました。今年もきっと、たくさんの闘いがあるでしょう。でも、なにかひとつでも自分が満足できたらいいし、他人からどうでもいいことでも自分の中で勝利を味わえることがひとつでもあったら、きっと今年もまたいい年になるかな、と思っております。本音を言えば、「今年こそは静かに平凡に暮らしていきたい」と願っております。みなさんにとっていい年になりますように。