ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2009 家族の時間

家族の時間

       

 うちの主人はギャンブラー。というと、聞こえは悪いのですが、結構ギャンブル好きな人っているものです。ただ、賭け事の場合、自分でどこまでお金を使っていいのかわきまえていればそれは「お楽しみ」ですむ程度のことで、その限度をわきまえず家のローンのお金、子供の教育費まで使い込むようになるとそれはある種の「中毒」で、身を滅ぼすことになりかねません。私はとにかく賭け事が嫌い。そこに楽しみもみえなければ意も解せません。なので、主人のギャンブル好きには付き合いません。幸い、主人は始めから「今日の賭け金」というものをわきまえているので、その限度に到達すると、つまり負けが続くとさっと身を引いてくるので、私がうるさくいうことでもありません。

 ここ、ニュージャージーにはご存知の通り、カジノの街、アトランティックシティーがあります。カジノの街、といってしまうには語弊があります。実はこの街、カジノだけでなく、大きな会議なんかもよく催されるのです。意外かもしれませんが、毎年11月にはニュージャージー州の教員のための大きなワークショップが2日間に渡って催されるのです。その時公立学校はどこもお休み。先生たちはこの街に集結しています。「カジノの横でなぜに教育を語る?」と不思議に思ったものです。あと、市長さんたちの集まりもアトランティックシティーであったりします。私が教師だった頃、よく教師たちがバスをチャーターして教員旅行と銘打ってアトランティックシティーに行っていました。ギャンブルには興味ないから、と断り続けながらも、なぜみんなアトランティックシティーに行くんだろうと不思議でもありました。

 結婚して最初の2-3回は主人について行ったことはあるものの、子供が生まれてからはあのスロットマシーンの音や光、タバコのにおいは絶対に悪影響だと思い、一切足が遠のいていました。もともとあしげく通った場でもなければ、主人もギャンブラーといえどもそんなに頻繁に通うようなこともないので、それはそれで夫婦の大きな問題でもありませんでした。子供たちが少し大きくなると週末うちにこもっているわけにはいきません。どこかに連れて行かなければ親子共に疲れてしまいます。別に毎週末遠くまで旅行する必要はないけれど、たまには一泊くらいで疲れない程度の旅行に行きたいものです。そうなったとき、私たちに問題が生じました。折り合いがつかないのです。主人はなにもない自然の中を散策するようなことは嫌い、付き合わせれば30分もすると「疲れたから休む」と言って昼寝を始めるような人。逆に私は彼の好きなカジノでは楽しめないし、子供たちは入れない場です。下の子がまだ赤ちゃんだった頃、一度4人でアトランティックシティーに行ったことがあります。そのときはまさに私と子供たちはホテルに軟禁状態で、主人ひとりのお楽しみの旅となり、以来こりごりとなっておりました。

 夏は私と子供たちは日本に帰省します。普段自分が世界の中心的な大きな大人子供のような主人ですが、「このままでは自分だけが家族の輪からはみ出してしまう」と察したようで、「家族旅行に行こう」と言い出しました。いきなり言い出されても、私は抗がん剤治療が始まるし、子供たちだってサマーキャンプがあるわけで、そうこうしていると日本帰国になってしまうわけで、計画性のないことを言い出す人だと横目で彼の話を聞いていました。「子供の予定は毎日いっぱいなのよ。どこに旅行に行くの?」と聞いたら、案の定「アトランティックシティーだ」ときました。「やだよお、もう。あなた一人のお楽しみで、私たちはホテルにこもっているだけなんだもん。つまんないからイヤ。」と即却下。しかし、今回は彼は続ける。「みんなで楽しむんだ。家族旅行だから」と。この大きな大人子供の言うこともたまには聞いてみるか、と週末の家族旅行に行くことになりました。

まず、ホテルはただ。これは彼がplayer cardなるものを持っているのでホテルはプロモーションとして宿泊代を無料で提供してくれるのです。この宿泊代無料というのはシーズンに限りウィークデーのみフリーというところもあれば、日曜から金曜の夜まではフリーというのもあり、それはホテルによるので「いつでもただ」とはいえないのですが、日程さえあれば宿泊費をうかすことはできます。私たちは金曜日の午後、息子のキャンプの迎えに行きながらそのままアトランティックシティーに向かいました。大きな渋滞はさけられたものの到着したのは夕方。チェックインをすませると、部屋に入ります。窓からは海が見え、夕日もきれい。私としてはかなり満足。でも、意地っ張りな私はまだまだ笑顔を見せられません。この大人子供、私の笑顔をみると自分は許されたと思い、いきなりわが道に走るので油断できません。ディナーはルームサービスでオーダーし、部屋の中で簡単にすませました。食べ終わると、大人子供の主人が走り出しました、「ちょっと下を見てくるよ。すぐ戻るから」と。この台詞は毎度のもので、出かけたら夜中まで戻りません。でも、考えてみたら、我が家から2時間ちょっとの運転をして私たちをここまで連れてきてくれたんだもの、今から夜の光に舞う蛾のようにさせてもいいんじゃないかと。

 夜中に部屋に戻ったものの私や寝相の悪い子供たちに蹴られ小さく丸くなって寝ている主人。翌日、早朝から息子がベッドの上でジャンプをし、娘がとびかかってくる。週末であろうと、子供たちの体内時計は普段と同じなので、我が家に寝坊はありえません。早々にみんなで朝食を食べに行きました。家族4人でホテルのレストランでの朝食っていうのもたまにはいいものですね。普段家では自分が食べ終わると席を立ってしまう主人も、ちゃんと一緒に食事して、子供たちがこぼすとふいたり、父親の顔をしています。「今日はどうするの?」と聞けば、「家族旅行なんだ。もう少ししたら水着に着替えてホテルのプールで泳ぐんだ。で、そのあとでビーチに行こう。」と。大人子供の主人が父親になっているのにちょっとビックリしました。

 息子はプールで大はしゃぎ。夏になると私は息子を水男(ミズオ)と呼んでしまうほどに息子は水遊びが大好きなのです。娘にも浮き輪をつけて浮かばせていたら大喜び。1時間ちょっとプールで泳いで、今度はビーチです。アトランティックシティーのほとんどのホテルは海岸沿いに立っているので、ホテルから出るとすぐにビーチなのです。砂遊びセット、ビーチタオル、飲み物、おやつを持っていざ、ビーチへ。夏といえばビーチ、これは私が独身のときから楽しんでいたことです。私も子供もおおはしゃぎ。南の国でみるような遠くまで青く澄んだ水というほどではないけれど、水は澄んでおりきれいな海です。娘はもっぱら砂遊び、息子は水とたわむれていました。いつもならすぐに疲れたと寝転ぶ主人も息子の手をひいて水に入っていました。子供たちが満足するまで遊ばせると今度は主人をいつもの大人子供に返してあげる時間も必要です。

 ビーチからあがると、主人はカジノへ。私たちはボードウォークを散歩。ボードウォークには車が入ってこないので、子供が走っても他人に迷惑さえかけなければ安心です。海風にふかれながら、潮の香りに包まれるのは私の心を癒してくれます。ここ数年、このアトランティックシティーも、アウトレットのお店が増え、ショッピングが楽しめるようになりました。主人が大人子供になっている間、私は子供たちをつれてショッピング。主人とはあらかじめ待ち合わせ時間と場所を決めておいて、それまではお互いそれぞれに楽しむのです。帰る時間になると子供たちは疲れ果ててヘトヘト。車に乗ったら、娘が「たのしかったぁ」とニッコリ。息子は水ではしゃぎ、走り回り、体力を使い果たしたようでカーシートに座るや否や夢の中へ。海が大好きな私も潮の香りに包まれて大満足。そんな私たちを乗せて、主人はまた2時間ちょっとの運転です。彼も家族との時間を持ちながらも自分のお楽しみも果たせたようで、満足そう。

 全く別々の人間が夫婦となり、家族を築いていくのです。相手の趣味と自分があわないのは不思議ではありません。でも、家族として子供を育てていく以上それぞれが勝手なことを言っているわけにはいきません。お互いがどこかで折り合って、家族が楽しめるようにしていかなければなりません。自分だけが楽しむのではなく、自分を含めた家族みんなで楽しめる場を持つということは大事なことではないでしょうか。カジノの街、と思っていたアトランティックシティーも、こうして家族で出かけると別の楽しみもいっぱい。家族だけのウィークエンドトリップ、普段みえないお父さんの意外な一面がみられるかもしれません。家にいるとグダグダしてしまうお父さんも実は家族の時間を求めているのではないでしょうか。