ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2009 ちょっと食べたいもの

ちょっと食べたいもの

 

夏に日本に帰ってきました。日本はいいです。なにがいいって、食べ物がおいしいのが一番いいです。何を食べてもおいしいし、食べたいものがいっぱいあふれています。日本に帰ると必ず食べたいものは回転寿司、そして飲みたいものは紙パックのコーヒー牛乳。「なんだ回転寿司か」と思われる方もいらっしゃるでしょうが、私はあれが好きなのです。あれは日本のファーストフードと言っていいのではないでしょうか。実家のそばにある回転寿司は「安くておいしい」と評判なので、帰省すると必ず行くことにしているのです。そして、コーヒー牛乳。これは日本が作り上げた傑作だといっても過言ではないと思うのです。あれはコーヒーといいながらもすでにコーヒーの域を脱した「コーヒー牛乳」という名前でしかない味になっているのです。普段コーヒーに砂糖はいれない私ですが、あれはいいのです。おそろしく甘いところに魅力があるわけですから。缶コーヒーともまた違うんです。

こちらにいて一番困るのが体調を崩したときの食事です。はっきり言って食べるものがない。「体調悪いときくらい店屋物をとるとか、なにかを買ってくるとかして手抜きしなきゃ、小さな子供抱えての毎日は乗り切れないよ」といわれるものの、じゃあ、なにを買ってきたらいいのですか、なにをオーダーすればいいのですか、となってしまうのです。うちの子供たちは偏食ながらも和食党、そして若い頃は雑食だった私も年のせいか最近はこちらのグリーシーな食べ物を受け付けません。そうです、「食べたいものがない」状態になるのです。日本でスーパーやデパ地下のお惣菜やさんをみるとなにもかもがおいしそうで、体調悪くなくても毎日でも買って帰りたいと思ってしまうほどです。

こんなおいしいもの天国の日本にいて、唯一こちらの味で恋しくなるのはピザです。ピザはイタリアンですが、こちらでは何かといえば「ピザ」、すでにアメリカの味と化していると思うのです。引越しの手伝いに行けば必ずといっていいほどにでてくるのがピザ、お母さんが疲れている日のディナーといえばピザ、時間のないときのランチも、ちょっとした軽食も、ピザはみんなの人気ものです。息子は偏食の王様でとにかくアメリカンフードを一切口にしない子でした。それがプリスクールに通うようになってから学校で度々ピザが出るらしく、雰囲気にのまれたのでしょうか、ピザだけは食べるようになったのです。しかし、それは学校で覚えた味。高級そうなピザは彼の中ではピザではなく、安くて少し冷めかけたようなピザが好きなようです。

 

私の古い友達で健康食品オタクのような人がいます。彼女はオーガニックのヘルシーな物しか口にしないのです。そんな彼女も彼女自身にひとつだけ「お許し」を与えています。それがピザです。彼女は20年も前、私がまだ実家に住んでいた頃、うちにホームステイに来て、それ以来の家族ぐるみのお付き合いをしています。なので、私が初めてこの地に降り立ったとき迎えてくれたのも彼女でした。彼女の家に滞在している間、頻繁にピッゼリアに連れて行ってもらいました。彼女はNJのピザを誇りに思っていました。彼女の娘さんがカリフォルニアの大学にいっていたとき、娘さんは電話のたびに「NJのピザが恋しい!」といい、帰ってくると必ずピザを食べていたそうです。彼女の友人がシカゴに転勤になり、やはり娘さんと同じ事を言っていたそうで、「アメリカの中でもやっぱりこの地区のピザは一番おいしいのよ」と彼女は自慢げに言っていました。そんな彼女を驚かせたのは日本のピザです。彼女のところに日本からの学生が遊びにきました。そのとき、彼女は私にしてくれたようにその学生もピッゼリアに連れて行きました。「トッピングは?」と聞いたら、「ポテトとコーン」と言われ、彼女はびっくりしたそうです。「ポテトもコーンもない」と言ったら、「じゃあ、カレー味を」と言われ、再度びっくりだったとか。たしかにカレー味はピザの王道からはずれているように思うし、ポテトがピザの上にお座りになるのもおかしな姿かと。それでも今回帰省したときも宅配のピザメニューをみると驚くほどの種類の多さ。ポテトもコーンもカレー味も健在でした。そして高い。Lサイズとはいえ、どうみてもこちらのMサイズしかないのに2000-3000円するのは驚きです。Mサイズピザなのになぜに3000円、と思わざるを得ませんでした。そして味が上品。ピザは上品であってほしくない。大口を開けて溶けるチーズを伸ばしながら豪快に食べるのがピザのよさで、素敵に食べるのはピザには似合わない。

 

 ESL教師であった私もアメリカに来たときはESLの生徒。大学のカフェテリアでどのようにランチを食べたらいいのかもわかりませんでした。今でもそうなのですが、言葉もままならない当時はサンドウィッチをオーダーすることは清水の舞台から飛び降りるようなもの。なぜならば、サンドウィッチをオーダーした日にはまずはパンの種類を聞かれ、トマトやレタスを入れるかとか、ドレッシングはどれ、マヨネーズは、マスタードは、などなど質問の雨あられ。そんな質問に答えられるわけもなく、答えたところで発音の悪い私には倍の質問が返ってくるわけで、最初の2年間、私は毎日ランチにピザを食べていました。毎日のランチでそうそう舞台から飛び降りているわけいきませんからね。大きなお皿に8つにスライスされた大きなピザがのっかり、それを自分でプレートにとっていけばいいわけですから、ピザは本当に素晴らしい。言葉なんてなくてもちゃんとお腹に入ってくれます。大学のカフェテリアのピザが特別おいしかったわけではないけど、それでも2年間毎日食べられるだけの味はありました。だからでしょうか、アメリカの食べ物は好きじゃないといいながらもピザだけは別だと思ってしまうのです。

 

最近、近所でおいしいピザ屋さんをみつけました。近所に住む友達から「知り合いがピザ屋さんを始めました」というメールを受け取り、早速そのピザ屋さんに行ってみました。ピザ屋さんの名前は「Biba’s Tavola Calda Pizzeria」。最近食べた近所のピザの中ではかなりおいしいピザです。そうです、ピザたるもの、近所で気軽にガブリと食べられるものであるべき。遠くまでおいしいピザを求めて車を走らせるのは私の中の「ピザ道」にあてはまりません。ピザのよさは「ちょいとかじりたいもの」なのです。それは実家近くの回転寿司に行くような感覚です。Biba’sのシェフはオーナー夫婦のご主人、Aliさん。チュニジア出身で、フランスで料理を学んだかなり腕のいいシェフです。ここはピザだけでなくサラダもおいしいのです。ニューヨークにもお店を出しており、そちらではカフェもやっているそうで、すべてのレシピはAliさんオリジナル。私がうかがったときも、お店では職人さんたちがピザ生地をクールクルと回してのばして、小さなかたまりだった生地があっという間に大きなクラストになっていました。アメリカ人の多くはピザを食べるときクラストを捨ててしまいますよね。汚れた手で食べるから手が触れたクラスト部分を捨てるのか、チーズもソースもかかってない部分は濃い味を好む彼らにとっては食べ物ではないのか、それはよくわからないけれど、私はこの部分が好きなのです。好きだからこそ、私の好みじゃないと困るのです。分厚いパンのようなクラストは私の好みではありません。カリッと焼けてパリパリっと香ばしいのが好きなのです。

 お店は今年オープンしたばかりですが、ピザ始めすべての食べ物はニューヨークで15年以上続いている味なのでおいしいはずです。Biba’sは止まることなくこれからも新たな味を展開させていくそうです。とても楽しみです。でも、きっとポテトやコーンのトッピングやカレー味は日本だけだと思いますけど。

 

ちょっとピザでもかじりながら友達とおしゃべりというのもいいし、大きなLサイズのピザをテイクアウトし、「今夜のディナーです」と手抜きしちゃうのもたまにはいいですよね。お母さんは毎日がんばっているのです。たまにはそうして楽しい時間を送ったり、楽させてもらっても罰当たりません。おいしいピザをみんなでほおばるのをみているとそれだけでお母さんはまた元気になれるのです。人はなにかとないものねだりをしてしまいます。こちらにいると「回転寿司が食べたい」と思い、日本にいると「NJのピザが食べたい」と思ってしまいます。どれもこれもお母さんの食べたいものは「ちょっと食べたいもの」なのです。

 

 

 

Biba’s Tavola Calda Pizzeria

870 Broad Street

Bloomfield, NJ 07003

(973)429-2299

月―土 11:00am-9:00pm

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