ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2014 国際振込詐欺

国際振り込み詐欺

 

 私、この度大変貴重な体験をいたしました。縁あって噂の国際振込み詐欺と出会いました。出会いましたといってもお顔を拝見したわけではありませんが、メール交換もいたしましたし、電話で声も聞いちゃいました。平凡なおばさんになってきたなあ、と思っていた矢先の出来事で、年齢と共にちょっとやそっとのことでは動じなくなっていた心が久しぶりに心臓バクバクをいう思いをしました。みなさんの中には振り込み詐欺に出会った方はいらっしゃいますか。私の出会った振り込み詐欺男、フランク・ロジャースについて語らせてください。

 実際、この詐欺師、フランクと連絡取り合い始めたのは私ではなく私の友達でした。彼女はかつての同僚で、離婚歴ありです。だんなの浮気が離婚原因でありながらも子供3人をだんなに取られ、会うことすら禁じられ、涙を流す数年を乗り越えてきた強い女性です。彼女は私より七つ上で、出会ったときから仲よしになりました。私がアメリカ人と結婚していたこと、子供が二人いること、アメリカに渡る前はタイとカンボジアにいたこと、彼女は私の過去にあこがれてくれました。「ジュンコは私がやりかったことをすべてやってきた人。」といつも言われました。訳あって彼女はしばらくすると仕事を辞めてしまいました。でも、時々はメールや電話で連絡を取り合ってきました。彼女は再婚したいと強く願っていました。それも日本人の男はもうたくさんだから外国人がいいと。

 ある日、久しぶりに彼女から連絡がありました。メールでした。「ジュンコ、ちょっとお願いがあるの。イギリス人の彼ができそうなの。直接話せばきっとわかるんだけど、書いたり電話は身振り手振りがきかないから自信ないのね。せっかく知り合えたから会うところまでいけばなんとかなるから、そこまで英語を手伝って。」と言われました。もちろん、苦労してきた彼女が幸せになるなら喜んでお手伝いしますと返事しました。すぐに彼からのメールが転送されてきました。大変丁寧な文章を書く紳士に見受けられました。名前はフランク・ロジャース、医者、ロンドン在住45歳。奥さんとは死別、3歳の息子がひとり、認知症の母親がナーサリーホームにいるという。父親は16歳のときに他界。そして、フランクの写真が添付されていました。あれ?この男の子、どうみても1歳児、写真の男性はどうみても三十代。おかしいなあ、と思いながらも人の恋愛にケチつけてはいけないと思い、言葉を飲み込みました。彼女がフランクに伝えて欲しいという用件を英訳し、彼女に送信。翌日またフランクからのメールが転送されてきました。すてきな文章のメールでした。奥さんを亡くしてからふさぎこんでいたけれど、やっと人生のパートナーを探そうという気になれた矢先に彼女と出会えた、と。息子の名前はアシュリー。あれ?アシュリーって女性の名前じゃなかったっけ?うちの子供たちの従姉にアシュリーいたし。そう思って、今度は彼女にきいてみたら、「もしかするとそういう名前の男の子もいるかもしれないし。日本の名前でもヒロミって両方でしょ。」と彼女は言いました。彼女はフランクにひかれていきました。また彼女に頼まれた文章を英訳しました。どうも出会い系ネットで出会ったようです。相手が本当にいい人なら出会い系ネットでもかまわないけど、進展が早すぎることが気になりました。でも、彼女はすでにフランクに夢中でした。男一人で奥さんに先立たれた後、幼子を育て、母親は認知症となり、彼女の天使のような同情心は一気にフランクのもとに走っていました。

 翌日送られてきたフランクからのメールに添付されたいた写真を見てビックリ。最初に送られてきた写真とは別人。目の色、太り具合、剥げあがった頭の状態、同一人物とは思えないくらいに似ていないのです。プラス、一枚の写真にはフランクのお母さんと、フランク、息子をみてくれているベビーシッタ-の3人の写真。ベビーシッターがいるということはここ2-3年の写真ってことです。お母さん、どうみても六十代。78歳の認知症の母の3年前とは想像しがたく、あれれ?と思い、彼女に「おかしくない?」と言いました。彼女はおかしくないと言いました。

 毎日のメール交換が続きました。彼女からの質問に対してのフランクの返答はどこかよそ見しているような文面で、それに比べて最初の書き出しは何かをコピーして貼り付けたかのように型にはまった同じ文面が毎日付けられていました。「君はぼくのシェルターだ。ぼくが嵐の中でさまよっているときに助けてくれる。君はぼくの暖かな家だ。疲れたぼくの心を休ませてくれる。」そんな文が延々と続くのです。出会って間もない相手に送るメールにしては濃いなあ、と思いました。ラブレターとなると私が間にはいって訳していいものかと気になりました。「いろいろ気になるんだけど、大丈夫? でも、人のラブレターを訳していてもいいのかなという気もするし」と彼女に相談したところ、「フランクに会うまでは誤解をさけるためにお願いしたい。こんなことは他には誰にも頼めないから」というのでまたしばらく訳すことにしました。

 しかし、おかしい。文章からみて決して学歴のない人とは思えない。けど、なにかおかしい。あれだけのラブレターを毎回書くのもすごいけれど、なんだか文章がパターン化している。人間くささが感じられない。そして、最も気になったのがフランクは彼女からの質問に対しての返事が極めて少ないのです。誕生日はいつ?くらいの質問には答えたものの、「ロンドンの就職事情はどうなの?」とか、「おうちの周りはどんな感じ?」「週末は子供とどんなふうに過ごすの?」「お母さんはどんな調子?」といったことになると全く答えてないのです。人の恋路を邪魔するものは犬に喰われて死んじまえ、と言われぬためにも、そして彼女が道をはずさないまでは見守ろうと思いました。

 一週間くらいは毎日メール交換が続き、私も毎晩のように英訳和訳をしました。週末を終え、翌週あたりからメールの回数が減りました。あんなに毎日メールをしてきたのが、どうしていきなり週に二回程度のメールになったのかも気になりました。「実は今、大きなプロジェクトに申請していて、その結果待ちだからぼくの成功を祈っていてくれ」というメールが転送されてきました。メキシコで大きな病院ができるから、そこに医療機器を設置する仕事だというのです。イギリス国内でも時々病院に医療機器を設置する仕事をしているから、今回はインターナショナルに手を広げているんだ、と。私はただのおばさんだから、毎日百円から千円の単位で物を見ているのに、メールに書かれていたのは「一億円投資すれば三億円の支払いを受ける仕事なんだ。そうしたらロンドンに自分のクリニックを開きたい」というのです。いやいや、あるところにはあるものだと思いました。「ねえ、もしもこれが本当なら、セレブだよ。院長の妻になるってこと?」と彼女にきいたら、彼女はとてもうれしそうに「まあね」と照れました。彼女は幸せそうでした。そんな彼女をみていると私は「なんか話がうますぎない?」とはいえませんでした。

 「来月、日本にいくよ。君のお母さんにぼくの気持ちを伝える」というメールが転送されてきました。「フランクが日本に来たらジュンコには絶対に会ってもらいたい」と彼女は目を輝かせました。それから一週間、フランクからのメールが途切れました。彼女から頼まれた文を訳すこと三回、どれにも返事はありませんでした。「やっぱり、おかしいよ。なんか話が早く進みすぎていたし、Yさん(彼女)がきくことにフランクは答えないこと多すぎだった気もするし。」と彼女に言いました。「なんかあったのかなあ」それでも彼女はフランクのことを心配していました。もしかしてこれがマインドコントロール?冷静に物事を判断できなくなってくるってこと?そうこうしていたら、またフランクからのメールが転送されてきました。彼女ははじけていました。「ジュンコ、フランクのメキシコでの仕事が通ったみたいなの。忙しいところ悪いんだけど、すぐに訳してくれない?大まかなことはわかるんだけど、細かく知りたいから。」と、彼女は電話口で興奮していました。

 「木曜日にメキシコから緊急電話があり、申請が通ったからすぐにメキシコに来てくれと言われたんだ。金曜日にメキシコに行き、コントラクトを交わしてきたんだ。メキシコでの段取りをして昨日ロンドンに戻ってきたよ。君が祈ってくれたから申請が通ったんだよ。君に出会えてよかった。来週から一ヶ月ぼくはメキシコに行って仕事をしてくるんだ。とても残念なのは、来月日本には行かれないんだ。仕事は再来月初旬には終わるかその足で日本に向かうからそれまで待ってほしい。」そのメールに彼女は興奮していました。その時点ですごく気になっていたのは、フランクは彼女と知り会ってから一度も彼女に電話をかけてこない。

 「ジュンコ、フランクに電話してみようと思うんだけど、うち来てくれない?」と彼女に言われ、週末彼女のおうちにうかがいました。フランクはメキシコにいる。時差を考慮してこちらがお昼前に電話すれば向こうは夜だから仕事に支障はないだろうという彼女の配慮から午前11時に電話することにしました。フランクから知らされていた番号に彼女は電話しました。フランクは電話に出るや否や「Hi. I know who you are. How are you? 」と言いました。あれ?なんか怪しい、彼はどうして彼女の名前を言わないんだろう。そして、彼女の話も聞く間もなく、「I miss you. 」を連発するのです。あれ、会話になってないじゃん。頬を赤らめ舞い上がっている彼女は冷静ではない。「me, too. 」を連発する彼女。いやいや、おかしいよ、この電話。

 翌週、彼女から電話がありました。「フランクからメールが来たの。なんか仕事でね、搬入した機械が作動しなくて新しいのを入れないといけないみたいなの。どうしよう。」というのです。転送されてきたメールをみて、私は手が震えました。そして、彼女に言いました、「Yさん、フランクは振込み詐欺男だよ。」メールにはこう書かれていました。「未来の妻へ。(中略)新しい機械を購入するには発注先の中国に至急送金しなければならない。ぼくはありったけのお金を投資してしまった。今、所持金は二十万円。これは残りの生活費と協力してくれているワーカーへの支払いでいっぱいなんだ。ぼくのお母さんはお金ないし、そんなことを相談したら彼女の状態は悪くなってしまう。君しかいないんだ。どうか将来のための投資として六十四万円をなんとかしてもらえないか。ぼくにではない、発注先の中国に送金してほしいんだ。あと二週間で会えるだろ。そのときに返すから。」

 やっと彼女は目が覚めました。「私にはそんな大金はないの。お金を貸してくれるお友達はいないの?」と彼女はメールをしました。それは私の英訳ではなく、彼女自身の言葉で出しました。そして、フランクは消えました。彼女は強い人だな、とあらためて思いました。「お金を取られたわけでもなく、この一ヶ月はラブラブな気持ちで楽しかった。久しぶりだったなあ、あんな夢みたいな気持ち。」と、彼女は笑いました。