ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2016 有給休暇

有給休暇

 

 今年は秋とはいえ10月半ばすぎても半そでTシャツで過ごす日が続いています。何年か前、まだ私は独身で夏になるとビーチ仲間と楽しんでいた若かりし頃、その年の秋はいつまでもあたたかく、ビーチシーズンの終わった10月1日にビーチ友達と「記録だ!」と騒ぎながら海に飛び込んで泳いだ記憶があります。私の記憶では10月はすっかり秋で日に日に冷えこんでくるように思えているのですが、今年はどうしたことか、今日も日中の気温は27度と夏のような日なのです。さてさて、この秋の美しき日、私は有給休暇をとり、私の自由を満喫しております。「期限までに有休取らないと消えていくだけだよ」と同僚に言われ、「休んでもお給料もらえる大事な時間を使わずしてどうする!」とたまっていた有休10日間を一気につかってしまうことにしました。おお、なんとすばらしい毎日!普段は朝8時半までになんとしてもすませてから出かけるあわただしさが、「ま、いいや、子供たちが出た後でやればいいし」とドンと構えていられます。疲れている朝は家事をすませると「ちょっと休憩」と30分ほどの昼寝ならぬ朝寝をできます。さてさて、10日というと聞こえは「おお、ゆっくりできるね」と感じますが、実際10日という時間はあっという間に過ぎてしまいます。いかに楽しむかを課題に私は私だけの時間を計画的に楽しんでおります。

友達とのランチ

 仕事をしているとどうしても友達と過ごす時間は限られてきます。平日は仕事、週末は子供たちとの時間となると、友達とランチというのは「いつかね」という日時のない約束のようなもので、なかなか実現できません。この有休の間に3人の友達とランチを果たしました。

 まずは高校の同級生とのランチ。彼女と知り合ったのはお互い15歳で、以来ずっと友達として仲良くしてきました。私が日本にいないときも連絡取り合いながらお互いを理解し合ってきました。私も彼女もシングルマザーで、毎日仕事と家事に追われています。なかなかランチを一緒にできないまま数年がたっていました。久々に会うと、「お互い年とったね」と言いながらも話は高校生のように弾みました。ただ、話の内容は「最近物覚えがわるい」「すぐに忘れてしまう」「体が痛い」「すぐに疲れる」といったまさに中年のおばさん話になっているのです。ランチをしたレストランも「時間無制限・食べ放題」のバイキング。食べる、しゃべる、飲む、また食べる、しゃべる、そして飲む、その合間にトイレにいき、戻ればまた路線を走る列車のように「食べる」「しゃべる」「飲む」駅をくるくると走り続けるのです。高校からのすべてを知り合った仲というのは今いくら異なる環境で暮らしていても隠し事なくさらけ出せる気楽さがあります。「しかし、ホントよく食べるね」「絶対バイキング代金の元とっているよね」「もう晩御飯いらないくらいだわ」もう15歳のころの私たちではない会話になっているけれど、椅子の背にもたれながら話し込むのはあの頃のままで、気がつけば4時間も居座って食べ続けていました。時計が私たちをそれぞれの生活に戻すかのように、「さあ、子供たちが帰ってくるわ」「買い物して帰ろうかな」「じゃあ、またね」と手を振りました。ずっとずっと私のどこかに隠れていた無邪気でおしゃべりだった頃の自分が現われた4時間でした。

 続いては以前の職場での同僚とのランチです。彼女は御歳65でありながら私より活動的に行動する私にとって叔母のような存在です。職場では私のほうが先輩でしたので、彼女にいろいろ仕事を教えたのですが、実際には「ねえ、これやって~」「こんなんできないよ~、できます?」などと頼っていました。私のほうが年下なのにタメ口で話しても許してくださるおおらかな方です。私が職場を辞めた後、彼女も辞めたそうで、職場で感じていた「変だよね」という内容のことを延々話しては笑いました。もともと彼女と私は初対面の際、パチパチと火花を散らしました。お互い強気でしたので、彼女は私を「腹立たしいアメリカ帰り」と思い、私は彼女を「うるさい化粧品販売のばあさん」と内心思っていました。私は仕事はてきぱきと効率的にこなしたいという方で、反して彼女は元化粧品販売員だったこともあり、会話を楽しみ冗談いいながらやっていきたいという方らしく、ぶつかりあいました。それがささいなことをきっかけに2ヵ月後からは大の仲よしになり、年齢こそ違えど頼ったり頼られたり、愚痴ったりしながら一緒に仕事をしていました。職場ではなかなか話す機会がとれず、やっとゆっくりと座っておしゃべりを楽しむことができませんでした。仕事を通して知り合ったせいか、話す内容はどうしても仕事関係のことになりがちです。それでも、同じ職場という共通の場と時間を過ごしてきた仲間とのひとときは楽しいものです。「次の仕事に就いたら教えてね」「もう仕事はしませんよ、ボランティアして老後を楽しみますよ」「ではまた」と、車に乗ると別々の方向に帰りました。秋というのに日差しの強い午後の4時間、かつて火花を散らしあった仲間との楽しい時間を過ごせました。

 そして、最後にランチした相手はママ友です。まさか、私がママ友とのランチに行くとは想像もしておりませんでした。彼女は娘のクラスメイトの男の子のママで、2年生のときも子供たちは同じクラスで1年置いてまた今年4年生でも同じクラスになりました。とはいえ、子供たち同士は向こうは男の子でうちは女の子なので、一緒に仲良く遊ぶような関係でもなく、たまたま席が隣になることがあれば似たようなタイプのせいか気が合うお隣さんとしておしゃべりはしているくらいです。私は6年たった今もなかなか日本人社会に入ることが苦痛で、ママたちとのお付き合いは極力さけてきました。嫌だというより、怖いという気持ちが強く、仕事をしているから時間がないという言い訳も受け入れてくれないのではないかと思うと、付き合うこと自体私には無理だと思ってきました。それが、今年の6月の授業参観でたまたま横に立っていた方が話しかけてくださり、話の様子からどうも彼女はうちの親子を知っているとわかりました。しかし、私は実際よその子の顔も覚えていない、まして母親がだれかなんてまったく覚えていないのです。「まあちゃんはしっかりしているから」とか言われても、私はどの子のママなのかわからないから向こうのお子さんをほめることができない。といって、「誰?」とは訊くに訊けないわけですから、話をあわせるしかないまま40分ほど話していました。その翌月に子供たちが隣同士の席になると、彼女からお手紙を頂きました。それを機にメールでおしゃべりをするようになり、ランチが実現しました。ママ友というのは一体どんな会話をするのだろう、とテレビドラマのママ友ランチの場面を想像しては「私にこういう会話ができるのか」と心配にもなりましたが、実際おしゃべりしていると、ママ友とはいえ、たまたま知り合ったきっかけが子供を通してであるだけで、そんなに緊張することもありませんでした。子供のこと、学校のこと、先生のこと、共通する話題で盛り上がり、あっというまに4時間がすぎてしまいました。子供に関することについてはやはり同じ思いもあり、普段気にしていたことも「ああ、うちだけじゃなかった」と安心しました。

自分だけの時間

 友達とのランチを楽しみながらも、自分だけの時間も楽しみました。時々はひとりで好きなことをしてみたいのです。そこで普段からやりたかったことをしてみました。

 まずは映画です。私の英語力も6年も日本にいるとかなり衰えてきたものの、映画はやはり吹き替えにされるとうんざりしてしまいます。できるなら、字幕すら消して欲しいと思ってしまうくらいです。それほどに映像がアメリカの中に日本語をいれてほしくないと思うのです。なんちゃってアメリカ人のわが子たちと映画をみるときは、しかたないから吹き替えを選んでみますが、ひとりのときは好きな映画を吹き替えなしでみたいのです。選んだ映画は「Sully (邦題 ハドソン川の奇跡)。私はあの飛行機がハドソン川に落ちたときに、NJのミツワに買い物にきていてハドソン川をみていたのです。家に帰ってニュースをみて驚いたことを覚えています。それゆえ、どうしてもみたいと思っていた映画です。プラス、私はトム ハンクスが好きです。朝、子供たちを送りだすと朝一番の上映に走りました。コーヒーを飲みながら、字幕の日本語を極力視界から排除して、懐かしいニューヨークの街、ハドソン川、あの日のことを思い出しながら映画を鑑賞しました。映画の上映中、私は自分がまだニュージャージーにいるような気持ちになっていました。しかし、映画が終わり周りをみるとそこにいるのは日本人ばかり、一歩外にでると日本語だらけ。「ああ、私は日本にいるんだなあ」と複雑な思いに包まれました。いい意味でも逆の意味でも自分が日本にいることをあらためて感じた時間でした。

 この有休の10日間で3回ほどプールに行ってきました。屋内プールで、市民を対象に水泳教室も行われているため、平日の午前中はお年寄りがいっぱいです。最近のお年寄りは活動的なんだなあ、と感心します。六十代、七十代のおじいさん、おばあさんが私たちと同じような水着を身に着け、1時間休むことなく水中歩行を続けるのです。それもずっとおしゃべりをしながらです。私なんかより体力はあるわけです。みなさん、毎日プールに来ているらしく、本当に感心してしまいます。そのお年寄りのコミュニティーを遠めにみながら、私は泳いだり、水中歩行したり、泡プールに入ってみたり、自分がやりたいことをひたすら楽しみました。私はひどい肩こりで最近は体重が増えたこともあり、背中が重く感じていました。先日もマッサージに行きましたが、それだけでは足りません。ガチガチに凝っていて、娘は「ママの肩は岩のように硬い」と言います。そんな岩のような肩もプールに入ると水圧からか、普段動かさないような体の部位も動かすことで、筋肉がほぐされていくのです。ひっかってしまうようで回らなくなっていた首も、泳いでいると回るようになり、肩もずいぶん楽になります。たった1-2時間水の中で体を動かすだけでこんなにも体がほぐれてしまうなら毎日でも通いたいくらいです。ああ、自由な時間が欲しい。。。

 10日間の有給休暇はもうすぐ終わろうとしています。夏日だの暑いだのといいながらも、夕方駐車場を歩くとどこからともなく金木犀の香りがしました。甘酸っぱい香りを体中に吸い込みたくて深呼吸しました。久しぶりの休暇を終え、まだまだやりたいことはいっぱいですが、普段できなかったことを有休中にできたことに満足し、また仕事に戻りたいと思います。仕事と家事と子育てをバランスよく保つことこそが私の人生です。