ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2014 ベランダ

ベランダ

 

 梅雨入りしたものの、なんだか初夏のような暑さが続き、暑さの中休み程度にしか雨は降らない今年の6月、家中の窓を開け放ち風通しよく過ごしたいと思ってしまいます。私たちはアパートの一階に住んでいるため、夜間窓を開けて寝ることは大変危険です。ひょいベランダを乗り越えて室内に侵入することは、プロの泥棒でなくても素人のオヤジでもできるくらいに外とうちの境が薄っぺらいのです。ベランダという存在というか、場所というか、これは一軒家暮らしではわからない、ある種特有の我が家と外の中間的な位置を保っているのです。

洗濯物からみる家族構成

 今のアパートに移る前に住んでいた通称「オレンジのおうち(燃えるようなオレンジ色の外壁からそう呼んでいました)」に入居して三日目のことでした。当時、私は抗がん剤を終えたあとで別の手術を控えていたため、子供を保育園に送ると日中はうちでゆっくり過ごしていました。初めてのアパート暮らしにまだ慣れず、家財道具も揃っておらず、さてさてこれからどう暮らしていこうと考えることでいっぱいだった頃です。ドアベルが鳴りました。誰だろう、と思いました。友達はみんな仕事に出ているし、越してきてまだ2-3日しか経っていないので特に用事のあるお客さんもないはずだし。。。と思いながらドアを開けると、普通の主婦の女性が立っていました。「お子さん、いらっしゃいますよね?」といきなり切り出されました。「いますけど。。。」と怪訝に思ってこたえると、「私、西町の子供会の者です。」と言われました。子供会、って言われても、当時うちの子供たちは二人とも保育園です。どうして子供会に連絡が入るんだろう、と不思議に思いました。「最近、引っ越されて来ましたよね?」と言われ、「そうです」と答えると、「洗濯物みて、お子さんがいることがわかったので、こうしてうかがっているのですが、学期の途中からでも交通当番を引き受けてもらうことになっているんです。」と言われました。はあ? 交通当番?なんで? 不思議に思い、「交通当番って何ですか?」と訊きました。女性が怪訝そうな顔で「前の学区では交通当番ってなかったんですか?」と言いました。「いえ、私たち、二ヶ月前にアメリカから戻ってきたばかりで、先月から子供たちが保育園に入ったので、前の学区とかないんですけど。。。」と言うと、相手は驚いた顔して、「お子さん、何年生?」というので、「保育園ですけど」と言いました。「なんだ、保育園ですか。洗濯物みて子供さんいるとわかったんだけど、保育園でしたか。じゃあ、交通当番は関係ないです。失礼しました。」と言い残し去っていきました。私は唖然としました。交通当番をやらされそうになったことがショックだったのではありません。この人たちはアパートの前を通るときに他人宅のベランダに干してある洗濯物をみているんだ、ということに驚きました。洗濯物から家族構成は垣間見れます。子供がいるのか、子供の年齢層はどのくらいか、夫婦プラス子供なのか、母子家庭・父子家庭なのか、だんなの職業は現場作業かオフィス仕事か、などなど。でも、それを見ることはいいことですか? そんなことで得たというか想像した情報で他人宅のドアベルを鳴らすのはいかがなものでしょう。私は不快に思い、友達に話しました。そしたら「でも、それはいいことかもよ。そのあたりの人は誰がどこに暮らしているのかを気にしてくれているってことでしょう。」というから、また愕然。私が日本を離れている間に日本人は他人宅の洗濯物を見るのは普通のことになっていたのかと。以来、私は洗濯物を干す際、誰かが見ているだろうという前提で、シャツを干す位置、タオル類を干す位置などとそれぞれの干し位置を決めて干すようにしています。

ベランダで遊ぶ子供 1

 一年ほど前のこと、娘がベランダで一輪車の練習をしておりました。ベランダは手すりがあり、格好の一輪車の練習場でした。学校では一輪車名人と呼ばれ、本人もちょっと調子に乗っていたせいか、手放し乗りをしたらしく転びました。当たり前です。いくら格好の練習場といえども、手放し乗りはまた違います。思うがままに曲がったりできない狭いベランダでは無理に決まっています。「うわぁ~ん!ママ~、痛いよぉ~!」と叫び声が聞こえました。何事かと思い、ガラス戸をあけると、娘が転がっていました。その横には私の大事なハーブの鉢が転がり、土が飛び出していました。幸い、娘は膝に擦り傷がみえるものの出血もないようです。「なになに、どうしたの」と声をかけると、娘は大きな声で「ママ~、ごめんなさい~!ママのハーブをぶちまいてしまったの。ごめんなさ~いぃぃ~!」と泣き叫ぶのです。私は立ち尽くしてみていたら、いきなり、通りから声が聞こえました。「こらー!」と男性の声です。なんだろうと思い、通りをみると初老の男性が私をにらんでいました。どうやら、私が娘に暴力を振るい、娘をベランダに出したと思ったようです。「痛い」だの、「ごめんなさい」だの言いながら泣き叫ぶ娘の声をきいて、即「虐待」と思ったのでしょう。男性は虐待を阻止した善人のつもりでしょうが、勘違いされ怒鳴られた私の身になってください。いい加減にしろ、と腹が立ちました。娘は自分がママの大事なハーブの鉢を倒してしまったと泣き、私は娘の泣き声に飛び出してきた、それだけのことなのに、他人にふみこまれたようで本当に不快な気持ちになりました。私はあの男性ににらまれなくてはいけなかったのでしょうか。

ベランダで遊ぶ子供 2

 先日、通報されました。仕事から帰ってくると、アパートの管理事務所から電話がありました。話があるから事務所に来れないかと言われましたが、娘を歯医者さんに連れて行かないといけなかったので、お断りしました。すると、「じゃあ、電話でもいいかなあ」と切り出されました。「3時とか4時とかにベランダに出て叫んだりしていませんか?」と訊かれました。ベランダに出て、というから当然午後3時4時だと思い、「その時間はうちは誰もいません。子供たちはまだ帰宅していませんし、私も仕事から戻るのは4時過ぎです」と答えました。なんだか言いにくそうな口調で「いえ、午前3時4時です。ベランダに出て叫んでいませんか?」と再度訊かれました。「子供ですか? 子供がその時間にベランダでうるさいってことでしょうか?」と突っ込んできいてみると、どうやら通報電話があり、「午前3時か4時ごろ、子供がお母さんに叱られてベランダに出され、叫んでいる」ということらしいのです。そんな時間私たちは寝ています。なにを言い出すかと思えばとあきれながら、「うちではありません。120パーセント違いますよ。」と強い口調で電話を切りました。「ったく、なにを勘違いされたんだか。そんな夜明けに私が子供を怒るわけないでしょう。寝てるんだから」と怒りでいっぱいでいたのですが、ん? ちょっと待てよ、思い当たるふしがあることに気がつきました。息子です。夏が近づき、朝明るくなるのが早くなると彼の目が覚める時間も早まります。なので、朝4時ごろになると一度目が覚めるようです。「ママ、トイレ行くね」というので、「うん、行っておいで」と布団の中から答えます。しばらくすると戻ってきて、「まだ早い。まだ寝る」といって自分のベッドに入っていくので、私も気にもせず起床時間の5時半まで寝ていました。ただ、5時半に起きると、リビングルームのカーテンが少し開いていて、ベランダをみると、私がお風呂の後でバスマットを手すりに干しておくのですが、その位置がずれているので息子がやったんだなと思っていました。でも、ガラス戸は通常のロックも防犯ロックもしっかりかかっていました。いったんベランダに出てバスマットの位置をずらして、そのあとで自分でロックをしてベッドに戻っていたため、別に私が一緒に起きる必要もないと思っていました。ただ、その通報電話をかけられた日前夜は雨が降っていました。なので、私はバスマットを手すりではなく物干しにひっかけておりました。翌朝起きた息子は物干しにひっかかっているバスマットを取れなくて、「もう!」とイラついて声を出したかもしれません。でも、いつも通りにトイレに行って戻ってくるくらいの短時間でしたし、叫んでいたら私にも聞こえていたでしょう。裸族の息子は夏は目が覚めるとパジャマを脱ぎ捨てパンツ一枚になるので、母に怒られた息子は裸にされ、ベランダに出され、中に入りたいからバスマットに飛びつこうとして「もう!」と叫んだ、そんな話ができあがったのでしょう。だいたい、誰がそんな時間に外に出ていたのか。アパートの住人のお年寄りは早朝から散歩に出かけます。私が5時過ぎに起きると、散歩から帰ってくるくらいなので、おそらく散歩に出た人が息子をみて、勝手な想像で通報したのでしょう。虐待かなと疑いがある場合は通報する義務がある、と回覧板でまわっていました。通報した人は「義務」を果たしたのでしょう。でも、想像話で通報され、私が心に受けた傷は「それはしかたない」でしかないのでしょうか。助け合い、絆、といった言葉はよく見聞きします。でも、私たち親子はそれを実感したことはありません。ガイジン、変わった子、という目でみられます。でも、通報だけはされる。寝耳に水でした。私たちは息子がトイレに起きるだけで、平和な朝を迎えていたのに、「虐待」かのように通報されていたわけですから、「うちが?誰が誰に虐待ですか?」と訊きたいくらいです。

うちのベランダ

 ベランダはうちであってうちではない。他人はベランダを覗き、ベランダからうちの事情をみている。私はベランダとはそういう危険な場としてとらえています。でも、ひとつだけ、ベランダにもやすらぎがあるとしたら、ベランダプランターたちです。親子三人で代々の種まきをして育てるのです。朝顔、風船かづら、パセリ、バジル、ディルは私たちが日本に戻ってから育てて種ができて、その種を翌年植えて、という代々続いてきた種を蒔いて育てているのです。ネギは冬にお鍋用に買ってきた根つきネギの根っこだけ植えたらついたので以来ずっとネギも育てています。そんな植物たちには「今年も大きく育ってね」と声をかけ、家族のようなつながりをも感じています。

 私たちは「ガイジン家族」と呼ばれてきました。息子がなぞの動きをしたり、あいさつしても健常児のようにしっかりとしたあいさつはできません。なので、変な家族だと思われているのかも知れず、おそらく理解もされにくいと思います。そのためベランダから垣間見る私たちは誤解をも受けます。でも、ベランダにいて、毎日私たちをみている植物たちは毎年毎年私たちのもとにきては成長をみせてくれます。ベランダに子供たちが出ると私がひやっとしますし、洗濯物も干す場所に気をつけます。でも、ベランダで成長していく植物に子供たちと水やりをしたり、ハーブを収穫したり、それは私たちの心を豊かにしてくれます。人生の縮図のようでもあります。手をかけて育ててもらったら、収穫時期には実や葉を提供し、種を残して次世代に託していく。私を脅かすベランダですが、毎朝の水やりは私たち親子の楽しみでもあります。