ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2018  年末の妄想

年末の妄想

 

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。早いもので私たち親子が日本に戻りちょうど八年になります。まだ幼児だった子供たちがいまやティーンエージャーとなり、三人で帰国した家族の形が今は四人となりにぎやかな家族となりました。なにもなかったあの頃から思うと私はたくさんのものを手に入れました。人はないものを欲しがるもので、私が年末にみた淡く儚い一瞬の夢をお話いたします。

 クリスマス目前、街はキラキラでにぎやかな中、私は相変わらず忙しくしておりました。クリスマスイブの日、私は名古屋行きの電車の中でどういうわけか年末ジャンボ宝くじ当選の妄想に耽っておりました。私は大のギャンブル嫌いで、手に入らないものにお金を使うことが大嫌いなのです。私にとって宝くじもギャンブルと同等に思っておりました。そんな私の宝くじ嫌いの気持ちを傾けたのは、イギリスのハリー王子と婚約なさったアメリカ人女優のメーガン・マークルさんのお父様はかつて宝くじで当たったという話を聞いたことが大きかったのかもしれません。宝くじに当たったため、メーガンさんは一流大学に通うことができ、運命が変わったという話を聞き、宝くじはもしかすると私たち家族の運命を変えてくれるかもしれない、と夢のような期待を持ってしまったのです。とはいえ、今まで宝くじを毛嫌いしていた私が自らのお財布を開いて宝くじを買うというのはある種清水の舞台から飛び降りるようなもので、いざ買うとなるとなかなか手がお財布を開こうとはしませんでした。でも、クリスマスイブなのにこんなに忙しい生活がいつまで続くのだ!と思うと、「もしかしたら」の可能性にかけてみたい気持ちに駆られました。

 名古屋行きの電車の中、私は考えました。「年末ジャンボ七億円!」というフレーズが私の脳から離れません。七億かあ、七億あったらまずなに買おうか。。。一億や数千万なんて額に興味はない、私は七億がいいのだ。七億が欲しい!そう思ったら、私は宝くじで大当たり七億円を手に入れた妄想に走り出したのです。まず、家を買おう。あまり大きな家はいずれ必要なくなるから四人家族に適当な大きさの家がいい。私自身は中古の家で十分だけど、新築なら子供たちに相続したときに修理が少なくていいかな。車ももう少し大きいサイズに買い換えよう。それから、娘の大学の学費を確保しよう。息子が将来生きていくために必要な分はちゃんとしておこう。私たち夫婦の老後の生活に困らないようにするにはいくらくらいどうしたらいいのだろう。犬も飼いたい、でも息子が小型犬を怖がるからやはりかつて飼っていたアメリカンコッカースパニエルがいいかな。七億が当たったことは誰にも知られない方がいい。主人にだって内緒にしておこう。彼は使えるお金が入ったと知ればテクノロジー物に使いまくるだろうから、やはり私がひとりで管理した方がいい。こんなことを考えていると、本当に七億が手に入る錯覚に陥りそうになるのです。「買わなきゃ、妄想は妄想で終わってしまう。私は七億が当たるんだから、宝くじ買わなきゃ」そう思うと、名古屋駅で電車を降りるや否や、宝くじ売り場に走りました。

「あの、年末ジャンボ宝くじはありますか?」と、人生初の宝くじ購入の場に足を突っ込みました。しかし、現実はそうは甘くない。思うようにならないから人生。「すみません、年末ジャンボは金曜日までだったんです。22日で終わったんですよ」と窓口のお姉さんに優しく言われ、現実に引き戻されてしまいました。電車の中で40分間みていた私の七億円の新生活が一瞬にしてあぶくになり消えました。私は家を買うんじゃなかったっけ?犬は?子供たちの将来のお金はどこ?駅前を歩く私は、せっかく当てた七億円をどこかに無くしてしまったような、脱力感と疲労感に見舞われた新たなる錯覚に陥っていました。

 帰りの電車の中、私は調べました。次に発売されるジャンボ宝くじは何だろうかと。当選金額が一億、二億。。。「なんだ、たった一億か。計画的に使わなきゃすぐに消えるような金額だなあ」と、一体私の脳はどこで混線して情報の誤処理をしているのでしょう。

 帰宅すると、子供たちが夕飯も食べずに待っていました。留守番に来ていた母が「ママが来るまで食べないっていうから」と、冷めてしまった夕飯を電子レンジに入れてくれました。これが私の日常です。主人は友達のクリスマスコンサートを観るために新潟に行っており、娘はクリスマスの朝からスキーキャンプに出かけました。うちには七億円どころか一億も一千万もありません。七億円当選の夢は一瞬で消え去りますが、私の帰りを待つ子供たちも、そして主人と娘の帰りを待つ私と息子も、旅先で早くおうちに帰りたいと思ってしまう主人も娘も、私は七億円では買えない家族がありました。八年前私はステージ3の癌を患っていました。今、私は奇跡的に完治し、おそらく平均的な主婦より忙しい毎日を、家事と仕事と子育てをこなしております。きっと、親子3人の生活を四人家族に変えられたことも奇跡かもしれません。奇跡を起こしてきた私たち一家ですから、今年もきっと奇跡と思えるくらいすてきな年にしたいと思います。時々は七億円当選の妄想に浸って、七億円の使い道に悩みながら、いつか宝くじを買うことを今年の目標に、新しい一年を迎えたいと思っております。