ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2017 年をとるということ

年をとるということ

 

 今、久しぶりにミルクティーを飲みながらのんびりとしております。私の一日は午前5時20分の起床から始まり、午後11時半に終了します。毎日5時半前から起きているといえば、夜は早く寝るのかと聞かれます。午後11時半は決して早くはないでしょう。でも、私の朝が5時半始まりは息子が生まれた頃からずっとのことです。とはいえ、さすがに最近は睡眠時間6時間では疲れを翌日まで持ち越してしまうようになりました。毎日「あー、疲れた」が口癖のようになりました。年々年をとっていくことを実感しています。

 最近時々、愚痴ってしまいます。息子が健常児であったらもっと楽に過ごせたかもしれない、と。人はないものねだりをします。私も人です。息子12歳、おそらく健常な子供であれば、12歳ともなれば親の世話がなくても身の回りのことは一通りできているでしょう。「できる」というと私は疑問を感じます。なぜならば、娘は10歳で実際にはひとりで身支度して学校に行けるでしょうが、毎朝私に起こされ、急かされ、それでもぎりぎりの時間で走って出かけていきます。放っておいたら、おそらく着替えも食事も忘れてぼーっとして遅刻の毎日でしょう。そう思うと、一概に健常児のみんなが自立できているとは言いがたいのです。しかし、息子は保育園児くらいに手がかかります。歯磨き、お風呂といった身辺自立はまだまだ完成されていません。仕上げ磨きや洗いが必要です。その間にパニックも起こします。でも、原因を説明することはできません。だから、息子の表情が変わってくるとひやっとします。健常児であったら、こんなにひやっと思うこともないでしょうし、「早く歯磨きしてお風呂入って寝なさい」と言えばすむのでしょう。息子が動くたびに私は付き添うようなこともないのでしょう。息子が小さな頃はこんなにもパニックは起きませんでした。思春期になり、パニックの起こる頻度も増しました。体も大きくなり、声も大きくなりました。暴れて人を傷つけるわけではなく、泣き叫んでいるだけなのですが、やはりそれが頻繁だと私も疲れてしまうのです。

 娘も小学校高学年となり、体も成長し、精神的にも思春期に突入してきたことに気付かされます。娘にはずいぶん苦労をかけてきていると思いながらも、できるだけのことは娘の希望通りやらせてきたつもりです。それが最近、すれ違ってしまうことが増えてきました。毎朝起こしてもなかなか支度しない、夜はなかなかベッドに行かない、こういった日常的な些細なことが、小さな頃なら「はーい」と従ってくれていたのに、今はなかなか動かないのです。リビングルームに物を持ってきて散らかさない、部屋を片付ける、毎日のように私が言う小言に娘は「はいはい」と言いながらも毎日散らかしています。私が思う生活と彼女が思う生活は異なるのかもしれません。もう親の思うように動かない年齢なのでしょう。といっても自分だけで物事を決定し生きていけるわけではありません。中途半端な時期なのしょう。私も通ってきた道なのに、私は母がどのように私に対応していたのか覚えていないのです。たまに同じような年齢の子供のママから「うちの子は朝は自分で支度してさっと食べて、いつの間にか出かけていくよ」とか、「基本、自分の部屋にいるから居間を散らかすことはないよ」とか聞くと「なんでうちはそうできないのかなあ。私の育て方が間違っていたのかなあ」と思ってしまいます。

 かつては私はわりとポジティブで、多少のことは結果よければそれでよしと乗り越えてきました。息子の世話が大変でもなにもかもがプラスになると受け入れることができました。娘の我がままもダラダラも許せていました。それが、最近の私はポジティブに受け止める前に「あー、疲れた」が先にきてしまうのです。子供たちをかわいいと思うよりも自分の疲れの方が大きくなってしまっているのかもしれません。それで息子の世話を放棄するわけではありません。今まで通りにやっています。娘に文句を言いながらも毎朝起こして食事をさせ、ぎりぎりの時間になりながらも送り出しています。ただ、疲れるのです。今まで意識することなかったことがしんどく感じたり、忘れっぽくなったり、それは子供の成長に戸惑いながらも年をとっていく私なのです。掃除している間に、弱火だからいいだろうと鍋を火にかけていることを忘れてふきこぼれる音にびっくりしたり、息子の連絡帳を書いていたら町内会の人がドアベルを鳴らしたのでそれっきり忘れて書きかけの連絡帳を持たせてしまったり、できなっていく自分に自己嫌悪を感じてしまいます。息子の表情が変わり、メルトダウンが起きる前兆がみえるとヒヤッとして座り込んでしまったりすることもあります。そして一日の終わりには「あー、疲れた」というのが一日の感想のようになってしまいます。私はいつまでも子供たちのママであり続けたいと思います。でも、自然の原理として私は年をとり、子供たちを遺して逝く日が来るのです。この世を去るまでずっと元気でいたいけど、体は少しずつ衰えていきます。20代のように疲れ知らずで最期の日を迎えられたら理想ですが、実際は少しずつ少しずつ肉体は衰えていくのでしょう。50代になり、私はもう40代ではないことを実感し、疲れやすくなりました。今までできたことができないことに苛立ちを感じたり、まわりが思うように動いてくれないことにも苛立ちを感じ、疲れていると息子のメルトダウンが疲れを倍増するような気すらしてしまいます。でも、これで私たちはおしまいではありません。今日、我が家ではターキーを焼いています。私はアメリカの文化を子供たちに教える大切さをずっと思ってきています。これから私がこの子たちにすべきことは「伝えていくこと」「受け継いでいくこと」なのかもしれません。彼らの文化を伝えていくこと、我が家の文化を受け継いでいくこと。そういう時期がきたのかもしれません。