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ENJOY 2014 息子の誕生日に思うこと

息子の誕生日に思うこと

 

 子供たちが大きくなっていくと社会の中で人や物を含めてたくさんの出会いが出てきます。出会いには素敵な出会いもあれば、「げ、出会ってしまった」と後悔するような出会いもあります。そして、出会いがあれば別れもあります。8月15日に息子が9歳になりました。息子の誕生日というのは私たち親子には大きな節目です。昨日まで8歳だったのに、朝起きたら9歳になっていた、というのは息子にはいまだもって不思議なことのようです。そして、その息子に「何歳?」「9歳」と練習させることは私たち家族が取り組む8月15日の課題でもあります。私と娘のどちらがしっかり教えられるかを競ってもいます。娘、ついこの間まで赤ちゃんだったような気がしますが、驚くばかりにしっかりしてきました。

 息子には波があります。それも突然起きる大きな津波、突然引いていく潮、そんな感じです。夏休みに入ると、通常の生活の流れとは異なります。息子にとってはうれしい反面、同じくらい逆の思いも出てきます。まず学校に行かないことはうれしいことのようです。息子は「ゆっくりじっくり取り組みましょう」というのがあわないようで、学校での取り組み方に苦痛を感じていることもあります。彼の基本は4歳半までアメリカで受けていたABA療法にあります。幼稚園ではABAを受け、うちでも私はできるだけ合わせたように接していました。日本に戻るとどこも障害児対しては「ゆっくり」でした。息子はできることをタンタンとこなし、そして褒められることが心地よいのです。それは日本ではなかなか難しく、ゆっくりじっくりと取り組むことが基本のようで、息子は同じ事をいつまでもやられるとうんざりしてしまうのです。学校ではできないことがあっても嫌なこと言われたり、怒られたりすることはありません。おかしなことしても受け止めてもらえます。ただ、息子にとっては「もういいじゃん。もうできるし」ってことをみんなと歩調あわせるようにいつまでもじっくり取り組まされると、「もうやりたくない」「もうやらない」となってしまい、逆にストレスとなるのです。なので、学校が怖いからとかわからないからとかが理由で嫌なのではなく、退屈してしまうから嫌なようです。そんな学校生活がなくなり、息子は日中大好きな放課後等デイサービスに毎日通うのです。息子はデイサービスが大好きで毎日ウキウキして出かけます。でも、大好きな思いと同じだけ彼はストレスも抱えるのです。息子は2箇所のデイサービスに通っています。月曜日から木曜日まで通っているところではお勉強をみてもらいます。個別にみてもらうため短時間にしっかりと取り組みます。お勉強が終わると休憩して、ランチです。かつては偏食の王様だったためランチは私がお弁当をつくって持たせていたのですが、今では毎日お弁当を注文してみんなと同じものを食べています。息子はランチで、苦手なものもがんばって完食してスタッフのみなさんから褒められることを楽しみにしています。彼の中で、お勉強をしっかりやって、お弁当も完食して、そういうメリハリがあり、「できた」「やった」を実感できることは心を満足感でいっぱいにしてくれるのだと思います。金曜日と土曜日に通っているところは活動を中心に行われています。料理、工作、買い物、お出かけ、といったふうにその日の活動に取り組みます。息子はそれも楽しいようです。わりと自立している息子は手が掛からないらしく、できることをどんどんやらせてもらい、お出かけではお友達の手を引いて歩くようで、彼の自尊心を大満足させてくれています。

息子はすごい人見知りですし、お外ではお行儀よくとがんばっているためか、デイサービスではおとなしく、手が掛からず、いい子なようです。その分、帰宅するとすごいことになるのです。一体なにが問題なのか、まったくわからないことで愚図るのです。さすがに物を破壊することはありませんが、愚図るし、騒ぐし、音を立てるし、私たちが精神的にまいりそうなくらいになるのです。それも波があり、騒ぐ時期がいきなり訪れ、そしていきなり落ち着くのです。夏休みに入ってから波が訪れました。私は「このままこんなだとこの子は将来誰とも暮らせなくなる」と不安になりました。そんな時期でもデイサービスではおとなしいゆうちゃんでした。介護や看病していると疲れてきて精神的にまいってくる、ときいたことはありますが、障害のある子供を育てていると同じような精神状態になることもあると思います。毎朝、私より先に起きて静かに新聞をみたりして過ごしているのに、私が起きてくるとたちまち愚図りだすのです。私が手を洗うときに黙って洗っていると怒り出し、「ゆうちゃん、いい?」と確認してから洗うようにと再度やり直しさせられ、洗濯物より先にバスマットをベランダに干そうとすれば順番が違うと怒り出し、本当に発狂しそうなくらいに口うるさく怒ってくるのです。夕方デイサービスから帰ってくるとまた怒り出します。いい子でがんばって自分を抑えていたのが一気に吹っ切れて愚図れるのと、まだまだ小学三年生、甘えもあるかもしれません。8月15日の誕生日にはみんなでビーチに行き、お祝いしました。波はまだ激しい誕生日でした。私と娘で「ゆうちゃん、何歳?」「9歳」を教えようとすれば、キッとなってしまうし、それでも続けると愚図りだしました。朝になれば「早くデイサービスに行って欲しい」と思い、夜になれば「早く寝て欲しい」と、息子がうちで起きていないことを願うようになっていました。

 息子の誕生日の翌週、出校日がありました。連絡帳に息子の様子を書きました。担任の先生からの返事をみますと、「ゆうくんに話しておきます」と一言ありました。話してきいてくれたら私は苦労しません、と落胆しました。でも、帰宅した息子はおだやかでした。息子が寝た後、私と娘はいつもとなにか違うと話しました。「あれ?今日、ゆうくん、愚図ってないね。」引き潮です。波が引いていました。以来、デイサービスでもおだやかで、うちでもニコニコのゆうちゃんがもどってきました。一体、担任の先生は何を話してくださったのか、なぞではありますが、魔法のようにあの日以来愚図らず、怒らず、おだやかな日が続いております。思い出してみると、この魔法以前にもありました。息子の津波がひどく私が疲れてしまったときに相談したら、帰宅して息子がおだやかになっていました。「ママにxxxしないこと」と言ったお約束をするのです、と仰っていましたが、それでこんなに魔法にかかったように落ち着くというのも驚きで、魔法を知りたいと思っております。でも、私はこの担任の先生と出会ったことで息子は大きく成長していると感謝しております。息子は学校は好きではありませんが、この先生のことは好きらしくいつも「Y先生とやった。Y先生が、ママにxxxしない、って。」と話してくれます。

 こうして健常な子供と異なる行動をとる兄を持つと妹は普通の子以上に学ぶことは多く、今では息子に対しては私より娘の方が理解しているように感じます。「ママ、お兄ちゃんはきっとこう思っているのよ」「ママ、今はこういっておいたらいいよ。お兄ちゃんはそういって欲しいだけなんだから」と、息子の代弁者のように振舞うことも度々あります。一緒にいればケンカするものの、本当に仲良しの兄妹です。

先日、息子のスピーチセラピーに娘も連れて行きました。息子のセラピー中、娘と廊下の待合ソファーに座っていると、娘の同級生の男の子、K君が向かい側に座りました。「K君?」と声をかけるとK君はうつむいて恥ずかしそうに下を向きました。K君のママが遅れてやってきました。「こんにちは」と声をかけるとK君ママは怪訝そうに私を見ました。「うちの娘がK君と同じクラスでいつもお世話になっているんです」と話しました。K君ママはちょっと苦笑いをして、「うちの子はなかなか話さないんで」と言いました。K君は発達障害のある男の子。息子のように動きのあるタイプではなく、じっとしているのですが、人とのコミュニケーションが苦手なせいで学校では話さないそうです。「うちではよくしゃべるんですけど、学校ではなかなか話せなくて」とK君ママが言いました。

でも、実際にはK君は娘には話していました。うちの娘、本当によく泣く子で、二年生になった今も月に一回は学校で泣いています。娘が泣くとK君が心配そうに寄ってきて、「どうした?大丈夫?いじめられた?」ときいてくれるそうです。娘はいわゆるおしゃまな女の子という感じではなく、「クラスメイトはみんなお友達」「お友達とはなかよく」「人に優しく」といったタイプなので、今の日本の女の子たちの多くからみたら幼くみえるかもしれません。こんな娘は他人の言葉で傷つき泣くことが多々あります。でも、K君は決して意地悪なことを言いません。だから、娘はいつからか放課時間はK君と遊ぶようになっていました。障害のある子と遊ぶことを嫌がる親がいることは確かです。でも、うちは息子が障害のある子供です。娘がK君となかよく過ごしていることはうれしく思いました。

K君ママに「うちの子が仲良くしてもらっているんですよ。」と言ったら、とてもうれしそうに笑ってくれました。そして少しずつ 学校でのK君のこと、学校からいろいろ言われてつらいこと、K君の将来の不安、などを話してくれました。「Kはまあちゃんといると安心するんでしょうね。だから、まあちゃんには話せるのだと思います。」とK君ママは言いました。私は娘の成長を感じました。他人にきついこと言われては泣いて、それでも相手を憎めず「お友達だから」と言ってもまた意地悪言われて泣いて、そんな弱い娘がみつけた安心できる相手は発達障害のあるK君。娘はK君の中にある大きな心を感じるのでしょう。それは息子の心を理解してきた娘だからこそみえるものなのかもしれません。そして、K君は娘を受け入れてくれています。私は娘が息子の障害を受け入れてくれていることがよくわかりました。K君ママはうれしそうに笑ってくれました。娘は私の後ろにかくれて、K君もママの後ろにかくれて「はずかしいよ」と言っていました。娘がK君と同じクラスになったのも偶然。でも、私はこの偶然の出会いに感謝しています。

 今日、息子をデイサービスに迎えにいきました。スタッフの方が「ゆうくんが誕生日を教えてくれましたよ。9歳になりました、って話してくれました。誕生日は8月15日ですよね? ゆうくんがそういっていたんですけど。」と言われました。今年も課題をクリアできました。そして、今年は娘が勝ちです。私にはあの津波の中、課題に取り組めませんでした。娘はいつの間にか大きく成長していました。子供たちはたくさんの素敵な人に囲まれて大きく成長します。息子にとって9歳もたくさんの出会いのある年であってほしいです。