ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2014 福祉の仕事に就きました

福祉の仕事に就きました

 

 9月に転職致しました。ニュージャージーの大学を卒業して以来、アメリカでも日本でもずっと教育に携わってまいりました。大学での専攻が言語学、プラス教育課程となれば、日本に帰国してからも当たり前のように英語を教える仕事に就いていました。私は帰国して以来ずっと不思議であり、不便を感じてきたことがありました。それは自閉症の息子を通してみる日本での生活です。「どうして社会は障害者を隔離しようとするのか」という思いがずっとありました。ずっとずっと「どうして」と思ってきましたが、1年ほど前から「‘どうして‘をなんとかしよう」という思いに変わりました。人は誰も一人では生きていかれません。そして、息子は健常な人よりもっと支援や協力が必要となります。変だ、おかしい、どうして?と立ち止り、嘆くより私は私たち親子の生きる道を探り、見つけ出したいと思いました。息子は福祉なしでは今の生活が成り立ちません。これからも福祉の支援を必要としていきます。私がこの国の福祉のしくみを理解しよう。私が私たちの足元を照らす灯りをみつけよう。福祉の仕事に就きたいと考えるようになり、この9月第一歩を踏み出しました。

 

 一言に障害者福祉といってもいろいろなタイプの支援があります。私が9月から携わっているのは「就労移行支援事業所」です。それはどういうもの?と思われる方もたくさんいらっしゃるかと思うので、就労支援サービスについて少し説明させていただきます。

 

「就労移行支援」

 障害者総合支援法(旧 障害者自立支援法)に定められた就労支援事業のひとつで、一般企業に就職を目指す障害を持つ方に対して、就労に必要となる知識や能力の向上を目的とした訓練や準備、そして就職活動支援及び就職後の職場定着支援を行います。

例えて言うならば、障害のある方を対象とした職業訓練校のような感じです。このサービスを受けられる対象となるのは、障害があり、単独で就職する事が困難であるため、就職に必要な知識及び技術の習得や就職先の紹介、その他の支援が必要な65歳未満の方(利用開始時)となります。

障害には身体障害、知的障害、そして精神障害があります。障害者枠の雇用状況からみますと、身体障害者の雇用は極めて高く、続いて知的障害者、そして最も雇用率が伸びないのが精神障害者です。

私が勤めている就労移行支援事業所では、就労に向けてステップ1から4に段階をおって訓練及び実習が計画されています。就労においてまず大事なことは生活リズムを定着させることです。朝起きられなければ遅刻します。頻繁に遅刻や欠勤していては仕事になりません。夜遅くまで起きていて、午前中は眠たくてボーっとしていても仕事になりません。お酒を飲みすぎて二日酔いで出社しても仕事になりません。そういったことの基本は生活です。就労の基本は生活リズムの定着です。生活リズムが確立できたら、次は集中力と体力の持続です。5分作業するとへとへとに疲れることもあるでしょう。でも、それを少しずつ5分だったのが10分、15分、そしていずれは休憩時間まで作業に集中できるだけの体力をつけていくのも訓練です。私が勤めている事業所ではこの段階の方にはクラフト制作に取り組んでもらっています。クラフトというのは、星形のコースター作りと紙バッグ作りがあります。星形コースターというのは、月刊誌のような薄い紙を短冊形に切り、それを丸めて棒を作り、棒を巻き寿司のように巻いて丸い渦巻を作り、渦巻を三つくっ付けると三角形、六つくっ付けると六角形になり、その六角形と三角形を組み合わせて星形を作るのです。紙バッグは新聞紙を使ってバッグを作ります。説明だけですと簡単な作業に聞こえるかもしれませんが、実際には想像以上に機密さも要求されます。星形の基本となる棒を巻くとき、巻き方によって渦巻にしたときの大きさも高さも変わってきます。高さや大きさの異なる渦巻をくっ付けると歪な三角形や六角形になってしまい、結果として歪なデコボコ星になってしまいます。たかがクラフトですが、その作業を通して基本に忠実な棒や渦巻を作る集中力、決められた時間作業に取り組める体力持続を養うことを訓練としています。次のステップになると部品の組み付けや実習に出ることも始まります。プラス、ビジネスマナーを身につけるセミナーもあります。そういった過程の中でそれぞれの方が自分にはどんな仕事が向いているか、どういう仕事がしたいのかを考え、事業所はその方に見合った就職先を探してきます。支援事業所の利用期間は原則2年間です。受け入れ先となる企業との面接や実習、乗り越えるべき道は容易ではありません。「就職したい」と願いがんばっている人をみていると、社会で生きること、働く幸せをあらためて実感します。みんな、真剣です。だから、私も真剣に応援したくなります。健常な人には当たり前のことも障害のある方にとっては努力の賜物となることは多々あります。そうして努力する人をみていると、私は息子を重ねてしまいます。毎日が努力の連続です。努力してやっとみんなの普通を得るのです。

就職先となるのは、一般企業ばかりではありません。一般企業での就職が困難な場合は、就労継続支援A型・B型での就労となります。

 

「就労継続支援A型・B型」

 就労継続支援というのは、一般企業での就労が困難な障害者に就労の機会を提供するとともに,生産活動などの機会の提供,その知識及び能力の向上のために必要な訓練を行う支援です。就労継続支援にはA型とB型があります。雇用契約を結び利用するのが「A型」、雇用契約を結ばないで利用する「B型」という雇用契約の有無によって分けられます。工賃はどちらにも」支払われます。

 A型は、一般企業との間で正規の雇用契約を結んだ事業所で行われるものです。なので、賃金体系や労働法規などの適用が求められます。一方、B型は、リハビリや訓練が主目的となるため、賃金体系や労働法規が適用外となります。

一般企業で就労できなくても、働く場は提供されるのです。そうです、働くことはどんな場でどんなことをしようとも素晴らしいことなのです。

 

 9月から2か月間、就労移行支援事業所で生活支援員として就労してまいりました。基本的に私がしていることは、利用者(通所されている方をこう呼びます)の皆さんが作業に集中できるよう適切な声掛けをすること、危険がないよう見守ることです。精神面で寄り添うことができるようにと心がけているのですが、相手の状態を察しきれずうまくいかないことも多々あります。私なりに配慮していたつもりでも抜けていることもしばしばあります。そういうときはさすがにノー天気な私も滅入りますが、そんな私を立ち直らせてくれるのは利用者さんたちです。「どうした?なんかあった?」と逆に声をかけられます。

とっつきにくいと感じていた利用者さんと些細なことがきっかけで話がはずんだときはうれしくなります。時として、利用者さんが私に話を合わせてくれたり、話しかけてくれたりもします。

こうして楽しく過ごしてきましたが、11月から就労継続A型支援の仕事に移ることになりました。たった2か月だったのにずっと前からいたような気分で、「あと、数日でこの人たちとサヨナラなんだ」と思うと寂しくなります。支援する立場の私なのに、どれだけ利用者のみなさんに助けられたことでしょう。

 

私は、息子が大人になった時、たくさんの選択肢のある人生を送ってもらいたいと願っています。たくさんの夢を抱え、自分の得意とすることをスキルとして身につけ、それを活かせる仕事に就いてほしいです。働く一人の社会人になってもらいたいです。息子には、障害があるから働けないとあきらめてほしくありません。障害があることは悪いことではありません。ただ、健常者がマジョリティーのこの社会では生きにくいと感じるのが現実です。だからといって自分に縮こまって生きていくのは悲しいです。

私は息子に「ゆうちゃんは障害あるからこれしかできないの」という悲しい言葉だけは口にしたくありません。「こういうこともできるし、あんなこともできるし、ほかにはこんなこともできるよ。ゆうちゃんは何したい? どうしたい?」と普通に訊いてあげたいです。いつかこの国のみんなが障害者を特別視しないようになってほしい。障害者も外国人も普通に社会の一員として普通に居られるようになってほしい。

これからも私は福祉の仕事を続けていきます。息子が生きる道を明るく照らすため、母はまだまだがんばります。