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ENJOY 2016 障害者就労移行支援の立ち上げ

障害者就労移行支援の立ち上げ

 

 昨年九月、それまで勤めていた障害者就労継続支援A型事業所から就労移行支援事業所に移りました。転職というよりも、A型事業所の全面バックアップで就労移行事業を立ち上げることになり、私はその立ち上げスタッフとしてカリキュラム作成に取り組むことになりました。今回初めて私の書いたものを読んでくださる方にはこの「就労支援」だの「A型」だのと書き並べられても「なんじゃそれりゃ」と思われることでしょう。簡単に説明させていただきます。障害者のための就労支援には3つのサービスがあります。まず、障害者就労継続支援A型とB型があります。A型もB型も、65歳未満の障害者で通常の事業所に雇用されることが困難である者に対して就労の機会、生産活動の機会の提供その他の就労に必要なスキルの向上のために必要な訓練および支援を提供する事業所です。A型とB型の違いは、A型は通常の事業所での雇用は困難だが,雇用契約に基づく就労が可能な方が対象となり、B型は通常の事業所での雇用および雇用契約に基づく就労も困難な方が対象となります。つまり、雇用契約を結びお給料をもら居ながら利用するのがA型、授産的な活動を行い工賃をもらいながら利用するのがB型です。そして、就労移行支援というのは、65歳未満の障害者で、就労を希望する方を対象に必要な知識や能力を身に付け向上させる訓練を提供し支援します。障害者の訓練学校といえばわかりやすいかもしれません。私は就労継続支援A型事業所で支援員として勤務していたのですが、昨年九月から就労移行支援事業所での職業指導員となりました。

 そして、今年に入り、就労移行事業所もようやく軌道に乗ってきたので、もともと在職していた就労継続支援A型事業所が就労移行業務を含む多機能事業所に拡張するということで再び最初の職場に戻ってきました。さてさて、古巣に戻った私の業務はまたしても就労移行支援の立ち上げです。一度経験してきたからどうってことないでしょう、と思われるのですが、全く同じ支援をするわけではないのでまた新しく考えなければなりません。前回は「訓練」をメインとした支援でしたのでまさに学校のカリキュラムを組むような感じで進めましたが、今回は「業務」をメインとするので異なる部分が多々あるわけです。基本的に私は、組織内の仕事の中で我を通すことは好きではありません。たとえば、それがうちであれば、私の考えで私のやり方で子供たちは私の方針に従えばいいでしょう。でも、会社という組織においては、私の言うことはひとつの意見であって、いくつかの意見をぶつけあいながら形作っていくべきだと思うのです。そうしないと偏ってしまい、「鈴木さんちの仕事」と化してしまいます。

 さて、今回の立ち上げ業務において一番大変なのは同僚がいないということです。A型事業所から多機能事業所にするため、スタッフの多くは兼任となっているのです。就労移行のみのスタッフは私だけとなっているため、なかなか相談しあいながら進めていくことができません。福祉の大きな問題ともなっているのが人手不足です。介護業務ですと、重労働だからという理由もあります。就労支援には介護のような重労働はありませんが、いずれにしても給料が安いのです。これは答えのない堂々巡りのようになってしまいますが、「給料が安いから人がこない」ということをよく聞きますが、「福祉は金儲けではないから儲けはない。そのなかでは人件費を思うようには出せない」というのも本当です。ただ、私は必要な人数はいるべきだと思います。そうしないとそのしわ寄せは利用者(通所者のことをそう呼びます)にいってしまいます。それは避けないといけません。利用者が安心して通所できる場所を提供し、そこでみんなにはしっかりとしたスキルを身に付け安定した生活を築いて就労に就いていってもらいたいのです。そうなると私だけの考えで偏った訓練や業務を作り上げたくはないのです。福祉の人手不足は永遠の課題となるのかもしれませんが、これをなんとかしなければ日本の福祉はなかなか進展しないように感じます。

 実際、今回の就労移行支援でどんな業務を取り組む予定かというとパワーストーン販売です。パワーストーンと呼ばれる天然石でつくるブレスレットをネット販売するのです。それがメインで、あとはコンピューターの訓練やビジネスマナーなどを組み入れていくようになります。ネット販売というのはみなさんご存知かと思いますが、実際の店舗は持たずにインターネット上での店舗での販売をするのです。全てはネット上での取引となります。見えないところでの動きがあるわけですから、マニュアルが必要となります。障害の特性によっては、目に見えないことを想像することが困難な場合もあります。その場合はわかるように文字や絵、写真で提示していく必要があります。流れや基本も書面に出さないといけません。就労継続支援と就労移行支援の違いのひとつに工賃が出る出ないということがあります。就労継続支援はA型もB型も事業所での作業に対して給料または工賃をもらいながらのサービス利用なので金額に差はあるものの収入はあります。しかし、就労移行支援は就労に就くための訓練が主目的なので工賃が出る出ないは通所している事業所によって異なるのです。工賃が出る、出ないのどちらがいいのかは考えるべき大きな課題です。工賃を出すなら、それにみあった訓練業務を組むべきですし、出さないなら訓練を主体としてコンピューターなどのスキルアップや資格取得を充実させるべきでしょう。では、工賃を出すか出さないかを決めるのはどのようにして決めるのでしょう。私はまず、工賃を出す、出さないのメリットとデメリットを書き出しました。そうすることで決定するための道がはっきりしてきますし、利用者さんに説明する際もクリアになり納得していただけるかと思います。メリットとデメリットは利用者側の視線で出した上で事業所として検討していく必要があります。事業所側の言い分で利用者のためにならないことを優先するようなことがあってはなりません。

 まず、工賃が出るメリットとして、1)経済的に助かる、2)やったことが形として反映されるからやりがいがある、3)精神的に余裕が持てる、4)余暇が充実する、5)友達とのつきあいができる、などが考えられます。工賃が出ないメリットとしては、1)ハングリー精神が高まる、2)将来を計画的にしようという意欲が高まる、3)向上心が高まる、4)無駄遣いをやめ、生活を安定させる努力をする、5)禁煙、禁酒に取り組む、などが考えられます。では、デメリットを考えてみると、工賃が出ることで、1)小額の工賃での生活に慣れてしまい、将来の就労意欲が損なわれてしまう、2)向上心がなくなる、3)仕事してもこんなものか、とあきらめてしまう、4)金額が少ないと自分の作業の価値が低く思えて自己嫌悪におちる、などが考えられ、工賃が出ないことにおいては、1)経済的に困難、2)交通費も出せなくなると通所できない、3)生活が不安定、4)社会生活に支障が出る、5)精神的に不安定、などがあります。こういったことを考慮した上で工賃をどうするかを決めると理にかなった結論につながっていくと思います。私たちの結論としては工賃を出すことにしました。少しでも収入があることで経済的にも精神的にも安定するのであれば、業務とすることに対する報酬という意味でも工賃を出すことはいいだろうとなりました。そうなると、収入を得られる業務を用意しなければなりません。

 販売は商品が売れたら収入となります。ネット上での販売は、店頭でお客さんと会話して売るのとは異なり、ある意味非情にも一瞬みて気に入らなければ消されていきます。まず、その一瞬みるというところまでたどりつかないかもしれません。ネット上では店舗の存在すら他人には知られないことは普通なのです。ショッピングモールの片隅に小さなスタンドを出しての店頭販売ならお客さんがのぞいてくれることもあるでしょうし、話しているうちに購入してくれることも考えられます。しかし、ネットでの販売は競争率が高いです。確かに店舗を維持するようなお金も手間もかかりませんが、売れる確率も厳しいと思います。では、商品が売れないとしたら利用者さんへの工賃はどうするか?

 そこでこんなことを思いつきました。販売におけるすべての過程を利用者さんの業務にすることにしたらどうだろうか。ブレスレットのデザイン考案、作成、石の仕入仕入に伴なう帳簿管理、在庫管理、インターネットのページデザイン、販売促進、商品発送、など通常の販売会社のように回せるようにしたらどうでしょう。業務の中にはコンピューター業務、事務業務、アート、梱包、細かく見たらたくさんの職種に携わることになると思うのです。工賃を出すためには売り上げが必要となり、売り上げを上げていくにはどうしたらいいかみんなで戦略を練るのです。ただ単に訓練に通うよりも、実践的かつ自分たちの声が反映される会社づくりみたいで達成感を感じてもらえるのではないかと期待しています。ただ、物事なにもかもが計画通りにいくわけではありません。思うように売れていくのであれば、世の中に倒産という言葉は存在しません。もしもこの企画がうまくいかなかったら、そういうことも私たちスタッフは念頭にいれて先をみていく必要があります。行き当たりばったりのことをしていたら、結局は利用者さんにしわ寄せがいきます。障害児の母として、息子が大人になったときそんなしわ寄せを負わされるような事業所に通わせたくありません。私は支援する側ではありますが、基本的な部分では障がい者の母親なのです。障害があっても地域で自分らしい自立した生活を送ってもらいたい、それが私が息子含めて障害のある方への思いなのです。

 あと数週間でいよいよ就労移行事業が始まります。課題は山積みです。就労移行の通所期間は基本的には二年間です。通所してくる利用者のみんながやりがいをもって業務に取り組み、二年の間に立派な社会人として巣立っていってもらえるような支援を施したいと思います。私はきっと今もこれからも利用者さんそれぞれの中に息子を感じながら、障がい者の地域における自立を願って支援を続けていくのだろうなと思います。