ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2016 天候と気分

天候と気分

 

 私は頭痛もちです。それがいつからなのか今となっては思い出せないのですが、かなり昔、おそらく二十代前半には定期的に起きる頭痛のため鎮痛剤は常備していた気がします。アメリカにいた頃はTylenolは欠かせないものの一つでした。薬棚に、バッグに、職場の引き出しに、と至るところにおいてありました。年齢を重ねてくると頭痛が起きる傾向もわかってきて、痛みの度合いがいつどのようにくるかも先読みできるようになりました。だったら、対応策があるわけだからいいじゃないか、と思われるかもしれませんが、薬の効かない痛みに到達することがあり、これだけは「くるぞ、くるぞ」とわかっていても痛みには耐えられず苦しみます。私の頭痛は天気に影響されます。低気圧が近づいてくると痛みもやってきます。確率的にいうならば、天気予報より的中します。梅雨のこの時期、私はいつも頭痛薬をバッグにいれてでかけます。

 

 もともと肩凝りがひどく、すぐに首までガチガチに硬くなることが頻繁に起きてはいました。二十代後半、カンボジアに滞在していたときにバイク事故にあい、鞭打ちになりました。バイク事故というとなんだか、大げさな事故に聞こえますが、実際には二人乗りしていたスーパーカブが転倒し、後部席に乗っていた私も振り落とされた程度の擦り傷事故でした。今はどうなのかよくわかりませんが、私が滞在していた頃は首都プノンペンでは車もバイクも自転車も入り乱れた交通渋滞で、ちょっと移動するくらいは車より二人乗りのバイクタクシーで走ったほうが早かったのです。なので、現地人の運転手付の車があったものの、ちょっとランチを食べに行くくらいはバイクタクシーで出かけていました。ただ、莫大な数のバイクと自転車が入り乱れるため、転倒や接触事故は日常茶飯事で、私もたまたま乗っていたスーパーカブタクシーが左折しようとした際にバランスを崩し転倒し、私はコロッと落とされ擦り傷を負いました。そのときは擦り傷程度だと思っていたのですが、どうも転がったときにヘルメットは被っていたけれど首だか頭だかと道路にぶつけたようで、翌日から吐き気と頭痛、首の痛みがひどくなりました。当時まだカンボジアには病院らしい病院もなく、隣国タイのバンコクの病院まで急遽診察を受けに行くことになりました。鞭打ちという診断で一週間入院し、首にはコルセットを巻かれました。「キリンは首を骨折したらこういうコルセットをつけて治すのだろうか?」と思った記憶があります。季節は雨期でした。退院してからもなかなか頭痛はひかず、コルセットはしばらくの間つけていました。あの事故以来、雨が近づくと頭痛がするようになりました。以前、カイロプラクティックに通っていたときに、レントゲンでみると首近辺の骨が曲がっているから、気圧が下がると体にかかる圧が変わり、血流に影響し、それが曲がっている骨あたりで流れが悪くなり、頭痛を引き起こす原因となっているかもしれない、と言われたことがあります。そう聞くと、気持ちの上で納得し、元来思い込みも激しいほうなので、雨が降りそうになると血流が圧迫されるような錯覚を起こし、頭痛が起きるという事態に備えるようになりました。しかし、これが本当によく当たるのです。晴れ間がみえている空だとしても私の頭痛が始まると、たいてい数時間後の空には雨雲が流れ込みザザザーっと降りだすのです。私の頭痛が雨を降らすわけではなく、雨が降るから頭痛が起きるので言い方が逆なのかもしれません。でも、私の頭痛は雨が降ってしまえば消えるのです。降りだす前のどんよりした気圧に反応してしまうようです。

 

 天候によって影響されるのは私の頭痛だけでなく、息子の状態にもあることが最近わかりました。以前は天候の変化では息子の状態が影響されることもなかったのですが、今年3月の強迫性行動が強く出て以来のことかもしれません。ずいぶん強迫性行動もおさまってきたものの、こだわりは消えることなく続いており、一日一回はなんらかにひっかかってはおります。それでも一時期のピーク時に比べれば一日一回のこだわり癇癪は楽に感じます。どんなことにひっかかるかというと、例をあげますと、たまたま廊下をサザエさんのエンディングテーマを歌いながら腕腰フリフリのサザエさんエンディングマーチをしたら思うような腕フリができなかったとなると、納得いくエンディングができるまで何回でもサザエさんを歌いながら廊下を腕腰フリフリをやり直すのです。「サザエさんはゆかいだなぁ~、タンタンタタン~」と歌いながら腰まげて腕フリフリして、納得いかないと「あ、だめだ」とまたやり直し。別の例ですと、たまたま「あとで」と自分で言ったものの、自分の思うような声の高さと抑揚でいえなくて納得いかなければ、何パターンも「あ~とで」「あとで!」「あ・と・で~」とひたすら言い続けています。こういった客観的にみるとおかしなことにひっかかることもあれば、調子が悪いときは歩いていて自分の足音だか足踏みだかに納得がいかず、床をふみつける勢いで足踏みを続けては「あ、だめだ!」とずっとバタバタやりながらそのうちに悔しくて泣けてきて叫んでしまうこともあります。いずれにしてもピーク時に比べるとひっかかっている時間が短くなったし、納得いけば終わるということはわかっているので私は忍耐の二文字でみているのですが、このひっかかりにもパターンがあることに気がつきました。サザエさんエンディングや自分の声にひっかかっているような「明るい」パターンと、ダンダン音を立てて床を踏みつけるような足踏みで泣き叫ぶ「暗い」パターンがあるように思えました。その明るいこだわりと暗いこだわりの起こり方に天候が関わっているように感じるのです。そして、癇癪を起こしている時間も天候によって違ってくるように思えます。どんよりした曇りには小さなひっかかりが度々起きます。雨が降るといろいろなことが起きます。放課後デイサービスからの送迎車で、窓に雨粒がついていることにひっかかり車から降りられなくなったり、車のドアの開き方が晴れのときと違うらしく何回もドアの開閉を続けて泣き叫んだり、家の中でも雨音が聞こえるらしく落ち着かずに泣き叫んだり、あらゆることが起きます。晴れていれば、そんなにたいしたひっかかりはないので私も安心していられます。人間の感情とか精神のことに数式で判別できるような明確なものはありませんが、ある程度傾向やパターンというものはあてはまることがあるのではないでしょうか。

 

 晴れた日はなんとなく気分も明るくなりますし、曇りの日はけだるい感じがします。雨降りは屋内から見ている限りは風情がありますが、外に出ないといけないときは「濡れねずみ」覚悟で出て行きます。私の頭痛、息子のこだわり状態だけでなく、職場(障害者就労移行支援事業所)に通所してくる利用者(通所してくる方)の多くも天候によって精神状態が影響されるように感じます。利用者の大半は精神疾患・障害の方です。梅雨の時期になると、休みがちだったり、通所してきても横になることが多かったり、言動がネガティブになったり、精神的に不安定さがみられます。

 

 天候と人間の体や精神の関係についてはいろいろな説があります。私は医者でもなければ専門家でもないので、自閉症の息子の一母親として個人的に思うことしかわかりませんが、天候は精神バランスになんらかの影響があるのではないかと思います。息子に強迫性行動が出てから脳内物質セロトニンについて調べました。というのは、強迫性行動について調べるとセロトニンは必ず出てくるのです。息子が現在服薬している薬の中にもセロトニンは入っています。セロトニンは別名「幸せホルモン」と呼ばれていて、セロトニンの分泌は精神を安定させ、体の不調を整えるといいます。セロトニンを摂取するには薬以外に、日光がいいそうです。食べ物からの吸収はないそうですが、食品を食べることで体内でセロトニンが作られる食べ物はあり、そのひとつがバナナです。もしも、本当にセロトニンがなんらかの影響を及ぼしているとしたら、天気の悪い日に状態がよくないのは納得いきます。これが正しいのかどうかはわかりませんが、病気になったとき「原因不明、病名不明」というのは不安ですが、その病名もわかり、どうしてそういう病気になったのか原因がわかれば安心します。今後の対応が読める安心感があるからかもしれません。実際には違う理由なのかもしれませんが、私は息子の状態が天候で変動されるのは日光に含まれるセロトニンを摂取できないからだと思っています。息子は夏になると早朝目が覚めるや否やパジャマを脱ぎ、パンツ一枚でいます。体中に朝日を浴びて、セロトニンが脳内で増えていくことを願います。日光を浴びると交感神経系が活性化し、脳内のセロトニンの分泌が促進されます。その結果、抗ストレス作用を生み出したり、体内時計をリセットして質の良い眠りが期待できるため、ストレスによって寝付きが悪い人や眠りが浅い人にとっても効果的です。睡眠をしっかり取れないと気持ちも安定しません。息子はバナナが大好きだから、バナナもしっかり摂取するようにしています。「お日様浴びて、バナナ食べたから大丈夫」と私が安心すれば、息子も安心します。私が精神的に落ち着かなければ息子も落ち着きません。もしかすると自己暗示かもしれません。でも、私は毎日お日様に感謝し、息子にバナナを食べるように促しています。そして、職場でも雨上がりの晴れ間には利用者さんを連れて散歩に出かけます。人の体は不思議です。人の気分も精神も謎がいっぱいです。人は人だけで生きていかれません。自然からの恩恵を受けて生きています。だから、天候と精神の間にはなんらかの関わりがあると信じています。まもなく梅雨明けです。暑い夏は熱中症の心配はありますが、たくさん日光を浴びてセロトニンを摂取し、幸せな気分で夏を過ごしたいものです。