ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2019 カンボジアの胡椒 続

カンボジアの胡椒 続

 

 先月号からの続きです。先月号の話をざっとかいつまんでみます。私は二十代の頃、タイ、カンボジアに住んでおりました。きっかけは、当時師事しておりましたシナリオライターの先生と著名な方々が内戦で崩壊されたカンボジアへの支援活動をするNGO団体を始められたため、そこに参加させていただいたことから始まりました。タイ、カンボジアに住むことになり、二十代の女性にしては滅多にできないような貴重な体験をした反面、津波にのまれるかのように多くの災いに流されたような思いもしました。どうやら後者の思いが強かったせいか、私は二十代後半東南アジアで過ごしたことについては記憶がアルバムに保存された写真のように保存されながらも目にすること機会もなくなっていました。カンボジアで活動しているとき、あるカンボジア大好きな大学生と知り合いました。その人の名前は「倉田くん」。倉田君はその頃私が出会ったボランティア活動をする人たちと少し違っていました。彼はカンボジアに生きようとしていました。それは若さゆえの「いい経験として」カンボジアにいたのではなく、カンボジアで生きるための道探しのためにカンボジアにいるかのようにみえました。

 あれから二十六年がたち、私は現在勤める事業所の役員がカンボジア土産だと買ってきた胡椒を目にしました。胡椒には「Kurata Pepper」とあり、事業所役員が言うには「この胡椒は本当にうまいんだ。ほかの胡椒とは違う。香り高く、本当にうまい」胡椒らしいのです。なぜ、カンボジアに胡椒?私はそう思いました。私の中にある「カンボジア」という国の印象は、暑く、治安が悪く、街中バイクが走り土ぼこりが舞い上がり、夜中には銃声が響き。。。あまりきれいなイメージはありませんでした。カンボジアのどこに胡椒が?

 胡椒を作っているのがあの「倉田くん」だとわかりました。彼はやはりカンボジアにいました。一時帰国している倉田くんがここ愛知県で胡椒を販売していると知り、私は会いにいきました。そこには、あの頃と同じキラキラの目をした倉田くんがいました。私がアルバムに閉じ込めていたあの頃の思い出が走馬灯のように動き出しました。

 倉田くんはあれからどのように生きてきたんだろう。そのようにビジネスを立ち上げたんだろう。異国でだまされたりしなかったかな。私はカンボジアを後にした翌年、アメリカに渡りました。以来、ずっと東南アジアについて考えることもなくなっていました。それが二年ほど前から、私は子供たちに自分の歩いてきた道を見せたくて夏休みにタイを訪れるようになりました。最近のタイの首都バンコクには西洋文化が混在しているようで、私が住んでいた頃のバンコクとはずいぶん変わっていました。私たち親子にとって、バンコクアメリカの食べ物が容易に手に入る暮らしやすい身近な街だと感じています。それは三十年前に私が暮らしていたバンコクとは違っています。多分、カンボジアもかなり変わったんだろうな、と想像でしかないプノンペンの今の様子を思いました。私が想像できることはあくまでも私がみた場所でしかなく、首都プノンペンの郊外で胡椒が育っている光景は私の想像を超えています。

 倉田くんが大事に育てた胡椒を私は大事にうちの食卓に持ち帰りました。「世界一おいしいと言われたカンボジアの胡椒」とはどんなものなのか、胡椒に「おいしい」「まずい」はあるのだろうか、フルーティーな胡椒ってどんな風味なんだろう。胡椒に無知な私は倉田くんの胡椒をミルで挽いた途端、ビックリしました。クシャミが出るどころか、一気に強いフレーバーが鼻をくすぐりました。「胡椒ってこういう香りだったんだ」とあらためて思いました。スパイシーというより、やわらかな感じの、それでいてキリッとした味をしめるような、今まで私がラーメンにふりかけていたテーブル胡椒とは別物のような感じでした。胡椒にフルーティーな深さがあることに感動すると、今度はあらゆる食べ物にかけてみたくなりました。食卓にある食べ物のどれとも合性はぴったりでした。パスタによし、煮物によし、牛丼にも合うし、揚げ物にもいけます。一番のお気に入りは、味噌汁にミルで3回挽いた胡椒をかけたのが本当にたまらないのです。ピリッとしながらも、味噌汁を一段とおいしくさせているのです。味噌汁にかける香辛料は赤唐辛子と思っていたのですが、倉田くんの胡椒はそれをひっくり返してくれました。

 倉田くんの胡椒、おいしいだけでなく、体によいオーガニック食品だそうです。なんか変わった人だなあ、と思っていた倉田くんがどんなふうにこのおいしい胡椒を作ってきたのか、今度話をきいてみたいと思います。日本でも多くのメディアに出演している倉田くんのお話、みなさまの中にきいたことある方がいらっしゃるかもしれませんね。私はこの三十年近くの倉田くんのがんばりをちょっと垣間見てみたいと思います。