ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2010 スカンジナビアンダンス

スカンジナビアンダンス

 

 私は夏になると真っ黒に日焼けするので、小さい頃「チビクロサンボ」と呼ばれていました。人は自分にないものを求めると言います。そのせいか、私は色素の薄い妖精のような人にあこがれていました。北欧の人たちはまさに私のあこがれ。雪の結晶柄のセーターも民族衣装も素敵。いつかはムーミンの住むムーミン谷に行きたいと真剣に考えたこともありました。アメリカに来て、ルームメイトに連れて行ってもらったスウェーデン家具のIKEAには感動しました。家具にはほとんど興味もなかったのですが、IKEAには家具だけでなく、スウェーデン料理のフードコートがあります。ミートボールにジャム?、はじめはぎょっとなりましたが、これがおいしい。IKEAにはしばらくはまりました。ESL教師として最初に勤めたのはParamusにある小学校でした。IKEAはParamusにもあります。そうです、仕事帰りにしょっちゅうIKEAに寄ってはスウェーデンの旅をしておりました。

 私がスウェーデンにあこがれるのは、自分がチビクロサンボだったからだけではありません。私をスウェーデンのBig Fanにさせた要因のひとつはルームメイトにありました。彼は骨格のがっしりしたドイツ人の父親と小柄ながらも凛としたイギリス人の母親との間に生まれたアメリカ人。なのに、家の中はなぜか北欧の物がいっぱい。キッチンの棚にはスウェーデンのジャムやら缶詰やら調味料まで。そして彼の部屋からはいつも意味不明ながらも素敵なダンス音楽が聞こえてくる。彼は木曜日の夕方6時になると大きな箱を抱えて出かけて行く。居候生活を始め1ヶ月が過ぎたある木曜日、いつものように大きな箱を抱えて出て行こうとする彼に聞きました。「どこ行くの?」と。「ダンスさ」と言いながら、鼻歌を歌っている彼。ダンスに行くのになんで箱持って行くんだろう。「今日はやることもないから連れて行って」と言い、ついていくことにしました。

 誰もいない暗い教会に入っていく彼。益々なぞめいている。電気をつけるとそこは「アーメン」とバイブル片手にお祈りするような場ではなく、まさに学校の体育館。誰もいないのに、この人はダンスするんだろうか、ここで。。。と思ってみていると、「もうすぐ誰かが来るから、それまで君が僕の手伝いをしてくれないか」と言われました。この人は毎週木曜日にここでなにをしているんだろう。謎は深まるばかり。彼はテーブルを並べると持ってきた箱をその上におきました。箱の中身は音楽テープでした。今でこそもうみることのなくなったテープですが、当時はまだまだ使われておりました。100を超えるテープがぎっしりと箱につまっておりました。そうこうしていると一人、二人と人が入ってきました。夫婦で来る人、友達と来る人、ひとりで来る人、様々でした。流れてきた音楽は、あの「意味不明ながらも素敵なダンス音楽」だったのです。そこから私はこの魅惑のスカンジナビアンダンスの世界に引き込まれていったのです。

 彼が率いるこのダンスグループSkandinojeは1993年7月に誕生しました。彼はもともとインターナショナルフォークダンスに通っていたのですが、どういうわけかスカンジナビアフォークダンスが好きで、とうとうニューヨークシティにあるスカンジナビアンダンスに通うようになったそうです。そこで知り合ったニュージャージーの仲間数人と一緒に始めたのがSkandinoje。日本ではあまりなじみのないダンスかもしれませんが、北欧のフォークダンスは衣装も音楽もダンスもとてもきれいなのです。妖精のダンスのようです。ここではスウェーデンフォークダンスをメインに、ノルウェイのダンス、フィンランドのダンスも取り入れて踊っています。一言でフォークダンスといってもいろいろありますが、ここではトラディッショナルなカップルダンスがほとんどです。カップルダンスだからといって必ず夫婦、恋人同伴で来なければならないわけではありません。ダンスのたびにパートナーを変えて踊るので、ひとりで行っても問題ありません。むしろ、ひとりで来る人のほうが多いかもしれません。夫婦で来て、だんなが他の女性とダンスをしていると怒ってはいけません。スカンジナビアンダンスの基本は、「歩く」と「回る」です。そこにリズムがついてきます。初心者はよく目を回してフラフラしています。私もそうでした。最初に教えてもらったのはHamboというスウェーデンのダンスでした。目が回って転んでいました。膝を曲げてピョンとあがって、クルッと回って、歩く、それをパートナーと組んで踊るのですが、何度相手に倒れ掛かったことか。それでもHamboをマスターした頃には目が回らないようになりました。それからひとつずつ新しいダンスを覚えていきました。そんなにたくさんは踊れないのですが、その中でもやはりHamboが一番好きです。一度テキサスの友達のところに遊びに行ったとき、その街のフォークダンスグループに連れて行ってもらい、そこでHamboを踊る機会がありました。そのときに「ジュンコは羽が舞うように軽々と宙を踊るね」と言われ、ほめられ好きな私はいい気になり、それ以来Hamboが大好きになりました。あと、Schottisというダンスも好きです。

 カップルダンスなので男女一組で踊るのですが、ダンスのリードは男性がします。なので、私(女性)が前のカップルのダンスを見ながら、「お、回った!」と思って真似して回りだすと、パートナーの足を踏んづけます。あくまでも自分のパートナー(男性)にあわせなければカップルダンスになりません。なんだかまるで人生のようで。よその夫婦を真似てもだめです。自分のパートナーとあわせて築いていかなければ自分たちのダンス(生活)になりませんものね。当時独身だった私にはそこまでみることはできませんでしたが。

 ダンスの音楽は通常録音されたものを使います。あの頃は録音したテープだったので彼が大きな箱を運んでいたのですが、今はCDなのでずいぶん持ち運びが楽になったようです。たまに生演奏のときもあり、バイオリンでの演奏にあわせて踊ることもあります。スウェーデンの弦楽器でニッケルハーパというバイオリンみたいな楽器があります。この楽器による演奏もたまにあるそうです。ダンスができなくても音楽を聴いているだけでも素敵です。初心者には手取り足取りでダンスの基礎から教えてくれるので緊張することもなく溶け込んでいかれます。みていると簡単そうにみえるダンスも実際踊ってみると、思うように体がついてこないものです。だからやめてしまうというのはもったいない。Skandinojeはみせるために踊っているのではなく、楽しむために踊っているのです。時々スカンジナビアンフェスティバルなどの催し物があると、そのなかのショーでダンスを披露したこともあったそうですが、披露が疲労となり、以来、楽しむためだけに集まり踊るようになったそうです。これが長く続く秘訣なのではないでしょうか。学校の部活動のように3年間がんばって、そのあとは後輩が続けていく、というのではなく、1993年からずっと続けているメンバーが多々いるというのは、やはりそこに楽しみがあるからだと思います。

 ルームメイトの彼は毎年夏になるとスカンジナビアンダンスキャンプに参加して、新しいダンスを習ってきます。ご存知のように、アメリカでは本当にいろいろなキャンプがあります。子供向けのキャンプから大人のキャンプ、山から海、陸上と、あやゆる趣味に対応できるくらいにいろいろなキャンプがあり、ダンスもそのひとつです。今はそのキャンプはニューハンプシャーに移ったらしいのですが、当時はウェストヴァージニアで行っており、夏になると1週間彼は出かけていました。「キャンプではスウェーデンの料理がふるまわれるから毎回食事が楽しみなんだ。」と言いながら。彼がダンスキャンプに出かけると、私はIKEAのミートボールを食べに行きました。アメリカ人のすごいなと思うことのひとつに、いくつになっても興味あることがあると、キャンプに参加するという向上心です。日本で50歳すぎたサラリーマンが夏休みにダンスキャンプに出かけていくなんて、そうはないでしょう。ま、もちろん、休みがとれないのもひとつにはありますが。

 私は結局、妊娠してからダンスに行くことはなくなりました。子供が生まれると、夜を自分のために使うことなどなくなりました。それでも、一度、子供を連れて別のダンスに出かけたことがあり、そこでHamboを踊りました。何年ぶりかで、体は重くなってかつてのように「羽が舞うように宙を踊る」ことはできませんでしたが、それでも一度覚えたダンスは体が忘れません。目を回すことなく踊れました。アップアンドダウン、膝を曲げて、ひょいっと上がって、くるっと回って。。。何年かぶりに妖精になりました。今でもあの「意味不明ながらも素敵なダンス音楽」を聴くとダンスに通っていたことが懐かしくなります。あと5年したら、うちの子たちも8歳と10歳。たまには木曜の夜、三人でダンスに行くのも楽しそうです。10歳になった息子とHamboを踊れる日がくるのを夢見ています。

Skandinojeのウェブサイト:www.skandinoje.org

 

ダンスをやっている場所:Congregational Church of Bound Brook, 209 Church Street, Bound Brook, NJ 08805