ENJOY アメリカ・ニューヨーク 日系情報誌連載エッセイ集

アメリカ・ニュージャージーで過ごした生活の中で私が見ていた景色

ENJOY 2019 インクルージブ

インクルージブ

 

 早いもので日本に帰国してきたときはまだ3歳だった娘がこの春中学生になりました。私が卒業した中学に娘も入学しました。一ヶ月前までランドセルを背負っていたのに、今やセーラー服を不恰好ながらも着こなして毎日学校に通っております。

 新年度が始まり、新しいクラスが始まるこの時期は娘にとってはきつい時間です。これはほぼ毎年のこととなってしまいました。新しいクラスで新しい担任の先生、新しいクラスメイト、誰もが不安を感じているのでしょう。ただ、不安の大きさや感じ方は人によって異なるかもしれません。娘の場合、低学年の頃に「ガイジン」イジメを受けたことがトラウマとなっており、新しいクラスになるとなかなか友達ができず、クラスメイトに話しかけることをおそれ、梅雨の時期を迎えることまでは放課はいつもひとりで過ごすことが多いといいます。過去に鎖国があったからでしょうか、島国という孤島であるからでしょうか、日本では、そして特に私たちが住むこの市では色濃く、異物は目立ちます。外国人という外見の異なる人、障害者という健常者の常識とは異なる人、仲間として受け入れてもらう前に、イジメであったり、仲間はずれであったり、そんな経験をすることはめずらしくありません。保育園や小学一年生のころ、娘は「ガイジンだから手はつながない」というイジメを受けました。以来、自分はみんなとは違うから間違っているという考えを持つようになりました。だから、みんなが話しかけてくれない、自分が話しかけてもみんなどこかへ行ってしまう、と思ってしまうのです。

 娘は毎日どんな思いで学校に通っているのだろう、母親である私は毎日心を痛めています。毎日ひとりで何をしているのだろう。授業中はきっとみんなそれぞれに授業に集中しているのだろうけど、グループ活動や体育の時間などみんなでワイワイしているときにひとりポツンとしてないだろうか。娘がセーラー服を着て出かけていく後姿に「どうか友だちができますように」と願うのです。

 四月半ば、初めての授業参観がありました。娘の担任の先生は体育の先生なので当然のことながら体育の授業を参観することになりました。娘は体育が苦手。のんびりしていて周りの子ににらまれたりしてないだろうか。ペアワークの際にペアはいるのだろうか。新入生の不安とは異なる母親の大きな不安を抱いて、私は体育館に入っていきました。体育館からは号令をかける先生の声が聞こえてきました。

 娘のクラスにはK君という小学校から一緒の男の子がいます。K君は知的障害があります。それはボーダーくらいの軽度というより、一目見てすぐにわかるくらいの障害です。K君は小学校からずっと通常クラスに在籍しており、特別支援教育を受けておりません。お母さんによると、学校からはかなり「特別支援教育を受けるべきだ」ということを言われてきたそうですが、お母さんの思いは揺らぐことなくK君をみんなと一緒に通常クラスで過ごさせることに徹してきたそうです。娘が小学2年生のとき、K君と同じクラスになり、娘はK君となかよくなりました。その後ずっとクラスは別々となり話すこともなくなったのですが、久しぶりにまた同じクラスになりました。久しぶりに見るK君は小太りだった体型が少しすっきりしたように見え、男子の集まりの中にそっと座っていました。先生が「はい、では、三人一組になり丸太をやります。一人や二人、余ってしまう場合は四人か五人でもかまいません。はい、始め!」と号令をかけるとそれぞれまわりにいる子たちとグループになっていきます。娘はといえば、「いつもひとりで誰も話してくれない」と言っているわりに笑顔で周りの子に誘ってもらって三人組になっています。ほっとしました。そして、次にみた光景に私は驚きました。K君もひとりでいるのかと思いきや、周りの男の子たちが「K君、こっちでやろう。K君は真ん中に寝転んで、オレとこいつが両側に寝転ぶからさ」「そうだよ、K君は俺らの動きに合わせて転がって、いい?」と、K君を自分たちの中に誘っているのです。K君が違う動きを始めると、「K君、こっちだよ、俺らの真似してこっちにまわって」と、一緒にやっているのです。

 「では、次、五人組になって丸太を転がします。四人が波のようにゴロゴロ転がってください。一人は一本の丸太になって波のうえを流されて移動してください。はい、始め!」娘は周りにいた女の子たちと一緒に床に寝転がって笑っています。そして、K君の周りの男の子たちが数人さっと集まって「K君一緒にやろ」とK君の腕を触っていました。くすぐったいのか、K君はケラケラ笑っていました。少し離れたところからK君を見ていたK君のママはうれしそうに笑っています。ハンカチで顔を拭きながら、何度も何度も拭きながらうれしそうに笑っていました。K君のママ、本当にうれしそうでした。涙流れるくらいにうれしかったのでしょう。

 私もうれしかったです。K君に息子を重ねてみていた私は、このクラスという社会にあるインクルージブな環境がこれからの未来の当たり前になってほしいと思いました。娘はまだしばらくは「今日もひとりだった」という日が続くかもしれません。でも、少なくとも体育の時間はクラスメイトと笑っていることがわかり、少しだけほっとしています。娘もK君もどうか、社会に流されず社会を動かす人となってください。私はこの子たちがこのクラスでよかった、と思っています。そして、私はこの閉鎖的な街にもインクルージブな小さな社会があることにちょっとだけ明るい未来を感じました。